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過ぎ去りし旅の記憶/(旅)

2019年 06月14日 02:10 (金)

 ちょっと重たい原稿を書き終え、ひとしきり柴真揚流の稽古。

 風呂で汗を流した後、寝酒に白霧島の水道水割りを飲みながら、過ぎ去りし旅の日々に想いを致す・・・。






「わたしが考えていることを表現するには、高尚すぎる言葉かもしれん。約束をしたら必ず守る、とか、いかなることがあろうと友人を助ける、といった単純なことだ。それらを合わせたものを、名誉といえないだろうか?」
            (クルト・シュタイナ空軍降下猟兵中佐)



 (おしまい)
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秋日山陽行~錦帯橋・岩国城/(旅)

2018年 11月02日 23:52 (金)

DSC_1011.jpg

 錦帯橋を渡って岩国城へ。

 錦川は、たいへん美しい川だった。


DSC_1000.jpg


 城内には加州清光など、日本刀が多数展示されていたのだが、分刻みのスケジュールの取材旅行ゆえ、じっくりと見学すことはかなわず。

 山口には、プライベートでもう1度、旅行にきたいものだ。

 しかし、武州からは遠い・・・・・・。

 (つづく)

秋日山陽行~瑠璃光寺/(旅)

2018年 10月31日 11:05 (水)

18010_瑠璃光寺1


 webに掲載する旅行記事の取材で、山陽道へ。

 生まれて初めて山口県を訪ねた。

 山口出身の親しい人から常々、「瑠璃光寺はいいよ」と聞いていたのだが、うれしいことにたまたま今回の取材対象に入っていた。

 寺には日没直前に到着したのだが、私を含め旅慣れたディレクターやカメラマンがみな一様に、この五重塔を見た瞬間、「おおっ!」っと唸った。

 これまで私が旅の折りに見きてた数多くの中でも、最も趣きのある侘びた風情の五重塔であった。

 この五重塔については作家の司馬遼太郎も、

長州は、いい塔をもっていると、ほれぼれするおもいであった。長州人のやさしさというものは(中略)大内文化を知らねばわからないような気もする。



 と、『街道をゆく』の「長州路」で記している。


 ま、シバリョウは柳剛流の敵(かたき)なわけだが、瑠璃光寺五重塔のすばらしさに免じて、この一文は認めてやろう・・・(苦笑)。


1810_瑠璃光寺2


 (つづく)

ならぬことはならぬものです/(旅)

2016年 07月06日 22:47 (水)

 旅の取材で久々に会津へ。

2016_会津


「什の掟」
一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ

  ならぬことはならぬものです 


「あいづっこ宣言」
一、人をいたわります
二、ありがとう
   ごめんなさいを言います
三、がまんをします
四、卑怯なふるまいをしません
五、会津を誇り年上を敬います
六、夢に向かってがんばります

 やってはならぬ
   やらねばならぬ

 ならぬことは
   ならぬものです






 何度訪れても思うのだが、私は会津が好きだなあ・・・・・・。

 (おしまい)

熊野紀行序説/(旅)

2015年 10月12日 14:48 (月)

熊野5
▲往時の石畳の上をゆく熊野古道


 『Discover Japan』という月刊誌の取材で、熊野を旅した。

 今回のテーマは熊野古道と、その玄関口となる口(くち)熊野、現在の和歌山県田辺市のうまいものや名所、名物であった。

 熊野古道が世界遺産となるかなり前、当時、トレッキングが趣味だった私は、熊野古道を訪ねる長旅を計画していたことがあった。結局、それは諸般の事情で実現できなかったのだが、20数年後の今、改めて熊野を旅できたことはなんともうれしい。


 旅の醍醐味は思わぬハプニング。当初、取材予定には無かった古刹にて、由緒ある弓を拝見。実際に手に取らせていただくこともできた。合成弓でかなりの太さであるが、重さは見た目に比べるとかなり軽いものであった。

熊野2
▲紀州竹林派の弓術家であり、通し矢の天下一として知られる、江戸時代前期の
紀州藩士・和佐範遠が愛用していた弓を拝見


 朝は港で、シラス漁を見学。「ちょっと食べてみな」と言われていただくと、これがまた実にうまい! 誰か、冷酒でももっていないかね・・・。

 熊野7
▲江川港で水揚げされたばかりのシラス


 旅の夜は、田辺の歓楽街・味光路で山海の味覚と酒を。名物のウツボ料理は、以前、土佐で食べたものよりもはるかにうまかった。また今回の取材では、「スナック」もキーワードになっているということで、十何年かぶりにスナックに入る。

 スナック・・・、それは昭和の残照。ママの絶妙なトークとカウンター芸、そしてカラオケで紀州・田辺の夜がふけていく。

 熊野3
▲名物のウツボ料理各種


 旅の終わりは、紀州が産んだ知の巨人・南方熊楠関連の施設を訪ねる。熊楠家族ゆかりの研究者の方のお話は、たいへん興味深いものであった。

熊野8
▲南方熊楠が実際に使っていた書斎


 わずか3日間の旅だったが、初めて訪れた熊野は旅人を拒まない“明るい開放感”と“神と人の距離感の近さ”が印象的であった。

 詳しくは、来月発行予定の本誌を読まれたし。

熊野6
▲明治の大水害で流されるまで、熊野本宮大社があった大斎原の大鳥居

 (了)