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警視流居合を抜く/(武術・武道)

2019年 06月12日 08:40 (水)

 昨夜の稽古では、先の本部稽古で師より手ほどきをいただいた、国際水月塾武術協会伝の警視流居合を抜く。

 警視流については、ある時期、わりあい根を詰めて稽古したことがあるので、なんとはなしに懐かしい。

 基本的には、

「警視流は、洋装帯剣の警察官に対する統一的訓練の必要から、警視庁が明治19年に『立居合』及び『木太刀』の形を制定したことをもって嚆矢とする」(「警視流立居合に関する研究」中井憲治/仙台大学紀要Vol44.No.1:43-58.2012)

 というものだけに、立居合にて前後左右の敵に対する抜付と二之太刀以降の正面斬りという、たいへんにシンプルな構成だ。

 このため、何らかの流派の居合や剣術に習熟した者であれば、速習的に容易に習得することができる。

 一方で、 ご存じの通り警視流の立居合は、浅山一伝流、神道無念流、田宮流、鏡心明智流、立身流から1本ずつ形を採用しているため、全体を包括する統一感や体系だった術理といったものは、あまり感じられない。

 ただし納刀動作などを見ると、全体的に神道無念流立居合の影響が強い内容となっている。

 いずれにしても警視流居合は、その後の日本における軍刀術、そして戦後に編纂された全日本居合道刀法や全日本剣道連盟居合までに連なる、近・現代日本における刀法の変遷を今に伝える、貴重な“レガシー”のひとつだといえるだろう。



 水月塾伝の警視流居合は、現在、警視庁居合同好会およびその系統である広島県などで稽古されている警視流立居合と比べると、

・抜付
・二之太刀以降の正面斬り
・礼法          

 などについて、若干だが異なる点があるのも興味深い。

 これらの相違点については、その伝系をたどって調べてみるのも面白いかと思う。

 また今後、翠月庵での教習において刀法の初学者に対しては、まず警視流から指導していくというやり方もよいかなとも考えている。


190612_111453.jpg


 (了)
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6月の水月塾本部稽古~警視流、柳剛流、甲陽水月流/(武術・武道)

2019年 06月10日 08:05 (月)

 昨日は午後から、水月塾本部での稽古。

 この春から本部に入会したAさんとともに、師より警視流立居合の手ほどきをしていただく。

 水月塾本部が伝承している警視流の立居合は、抜き付けや納刀動作について、私が以前稽古していた警視流立居合と若干異なる点があるものの、形の大意は同じなので比較的スムーズに抜くことができた。

 ちょうど最近、まったくの武道初心者に対して、刀法に習熟させるための指導をどのようにしようか思案しているところだったので、(柳剛流の居合は、これまで一度も刀の抜き差しをしたことがないという、まったくの刀術初心者には、いささか難易度が高い)、まず警視流で刀の抜き差しに慣れさせるというのも、ひとつの方法かもしれない。



 続いて師に打太刀を執っていただき、柳剛流の備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝の稽古。

 そして最後は、甲陽水月流の二丁十手。

 師のご指導のもとで、本部のO師範代に打太刀を執っていただき形を繰り返す。

1906_十手


 こうして稽古はあっという間に終了。今回も充実した稽古ができた。

 すっかり長くなった日暮れの中、師に同道させていただき馬モツと馬刺しで軽く飲んだ後、帰路についた。


 (了)

「坐す」こと/(武術・武道)

2019年 06月07日 02:08 (金)

 今夜は柴真揚流の稽古。

 「左巴」から「二人捕」まで、居捕17本を丁寧に繰り返す。

 柔術(やわら)の稽古を実用の雛型、ありていに言えば「制敵護身」と捉えるのなら、居捕よりも立合の方がより今日的な意義があろう。

 一方で、それを伝統文化の保存・継承と捉えた場合、立合よりも居捕の方が、より「坐の文化」という日本固有の行動哲学を、術者に感じさせてくれるはずだ。



 私はもともと、柔術にしても居合にしても、あるいは手裏剣術についても座業が好きだ。

 なんというか、「坐す」という行為そのものに、この国の身体文化の古いDNAを感じるのである。

 また座技があるゆえ、柔術や居合は畳一畳のスペースがあれば稽古をすることができる。

 これは私のような、長屋暮らしの貧乏武芸者には、たいへん大きなメリットだ(苦笑)。

 たった一畳の茣蓙の上で、思う存分、柔術や居合の稽古ができのも、座技・居捕があってこそである。

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▲跪座で行う、柳剛流居合の刀礼



 小半刻ほど稽古をしていると、すでに稽古着が汗で重い。

 考えてみれば、もう麦秋の盛りなのだ。

 そろそろ武州も、梅雨入りかねえ・・・・・・。


 (了) 

過ちては改むるに憚ること勿れ/(武術・武道)

2019年 06月06日 11:50 (木)

 過日、久々に県立武道館での空手の稽古に出席。

 この教室は県連主催で、各流派の先生方が指導に来られるのだが、4月の年度替わりの際、それまで長年にわたって指導されていた先生方が勇退され、指導陣が新しい先生方に変わったとのこと。

 知らなかった・・・。

(それだけの期間、私が空手の稽古をサボっていたということですな。ま、古流の稽古で忙しくってネ・・・)

 この稽古会では、特に糸洲流のN先生から古流の空手の技法などを教えていただくことができ、学びの多いご指導をいただいていただけに、個人的にはたいへん残念だがしかたがない。



 いつも通り、基本稽古の後は形稽古。

 この時期は初心者が多いこともあり、平安二段と三段の稽古となった。

 こちらの教室で教えている平安の形は、A流の平安なのだけれど、三段の最後の挙動、背後の相手への猿臂と顔面突きの同時打ちについて、今回指導に立った先生の動作がちょっと違っていた。

 そこで、稽古の最後に「今日の稽古で、何か質問は?」と聞かれたので、

 「平安三段最後の挙動は、猿臂と顔面突きの同時打ちではないのですか?」

 と聞いてみた。

 すると、

 「猿臂と顔面突きの背後への同時打ちではなく、猿臂で当てない方の拳は、自分の胸に着けるようにしてください」

 とのこと。

 う~ん、そうだったっけ?

 と疑問に思ったのだが、この先生の流派はA流とのこと。

 またなにより、私はあと数か月で知命の歳を迎える、“足るを知るオトコ”である。

 あえて場の空気を乱す必要もあるまいと思い、

 「分かりました。ありがとうございます!」

 とにっこり笑顔でお礼を言って、稽古を終えた次第。

 そして・・・、

 自宅に帰ったら速攻で空手の教則本やら資料やらを5~6冊取り出して確認し、さらにyoutubeにあるA流公式の形の動画なども複数確認する。

(疑問を感じたらチェック・ダブル・チェックをするのはジャーナリストのイロハのイであり、お袋が自分に愛しているよと言っても真に受けないで証言のウラをとるのが取材記者の基本である)

 するとやはり、A流の平安三段の最後の挙動は、どの教本でも公式動画を見ても、猿臂と顔面突きの同時打ちであった。

 ・・・・・・。

 はて、A流の平安三段の形は、最近になって最後の動作が変わったのかしら?



 ま、これも他山の石である。

 私も翠月庵で、

 「先生、その青眼右足頭、動きが違ってるんじゃないですか?」

 などと言われないよう、気をつけねばならない。

 ちなみに私は、初めて師から柳剛流の手ほどきをいただいて以来、今日に至るまで、備之伝から剣術、居合、突杖、長刀などすべての形、そして小太刀や二刀、組打や活法などの口伝について、動作の一挙手一投足、口伝の教えの一言半句も漏らすことなく、詳細かつ時系列ごとに稽古ノートにまとめて記しており、さらに基本的な形の動作については、可能な限りテキスト(言語)化してレジュメにしてある。

 これらの資料は、私にとって最も大切な宝であり、火事が起きたら真っ先に持ち出すべき財産だ。

 柳剛流の稽古の前後には必ずこれらの資料を確認し、あるいは日々折に触れて目を通し、知らず知らずのうちに自分の動きが違っていたり、誤った動作を教えるようなことが無いように心がけている。

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▲柳剛流の形の動作や口伝をまとめたノートと、形の動きを言語化したレジュメ。これまで私が学んできた仙台藩角田伝柳剛流のすべての動作と口伝は、このように可能な限り詳細にまとめてある。なお、私は壊滅的に「絵心」がないので、図解が悲惨なのは、ま、気にしない気にしない・・・


 仙台藩角田伝 柳剛流の師範として、弟子に教える動きがいつのまにか変わっていたり、知らず知らずのうちに間違った動作を教えるようなことはあってはならない。

 一方で人間というのは、私のような凡俗はもとより、名人・達人と言われるような高名な先生方でも、時には間違えもし、忘れもするし、勘違いもしてしまうものだ。

 だからこそ、はからずも何かの勘違いで弟子に間違ったことを教えてしまい、それを指摘されるようなことがあったとしたら、武人としてどう身を処すべきか?

 私は、素直に自らの誤りを認め、あらためて正しい動きを教えることのできる指導者でありたいと思う。

 「過ちては改むるに憚ること勿れ」

 とういう心映えの美しさは、何歳(いくつ)になっても忘れたくないものだ。



 で、平安三段の挙動の誤りを、次の稽古の際に指摘するかって?

 いやいやいや、しない、しない、しない(苦笑)。

 柳剛流と違って空手道については、私は師範ではなく市井のいち有段者にすぎませんからね。

 そこはそれ、大人のたしなみってやつですわ。


 (了)

松代藩文武学校武道会 第26回「春の武術武芸会」/(武術・武道)

2019年 05月19日 11:18 (日)

 昨日は、松代藩文武学校武道会 第26回「春の武術武芸会」に参加。

 午前は象山神社に参拝。午後からは松代藩文武学校武道会の総会に続き、演武会となった。

 私は師に受をとっていただき、まずは北信濃伝無雙直伝流和(復元)から「車附」、「行違」、「無想」、「打込」、「水車」と、5本の柔術の形を披露。

 次いで、松代藩文武学校武道会では初公開となる、柳生心眼流兵術の演武。

 素振二十八ヶ条から表の片衣と袖突、中極の両衣と打込、落の片衣と大搦、切の片衣、以上組形を7本、こちらも師に受をとっていただき披露した。

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▲柳生心眼流 素振二十八ヶ条 組形



 その後、後半では柳剛流の居合を演武。

 今回、礼法に含まれる襷掛けで、結びの輪が大きくなってしまい、少々見苦しかったのはご愛敬である・・・(苦笑)。

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▲柳剛流居合



 今年は文武学校の建物が保全工事のため、松代町の公民館が会場となったが、基本的には恙なく演武ができたかと思う。

 個人的には自らの業前について、いくつかの反省点や課題を感じた部分があるが、それについてはこれからの稽古で改善するよう、精進していかねばならぬ。

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▲演武会終了後、来賓の方々や松代藩文武学校武道会の先生方と共に記念撮影



 帰路、松代駅の駅舎(というか、バスターミナル)で、ひとり長野行きのバスを待っていたのだが、なんだかカッコイイ古武道の写真が表紙になっている、パンフレットの掲示を発見!

 これはもしや、仙台藩角田伝柳剛流剣術に伝わる極意柳剛刀の一手である、青眼右足頭ではあるまいか!!

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▲跳び違いながら斬っているのがよくわかる、ナイスショット! である



 なにはともあれ、無事に演武を終えることができた安堵を胸に、長野駅で少し呑みつつ、ほろ酔い気分でのんびりと武州への家路についた次第。

 (了)