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8人目/(武術・武道)

2020年 03月01日 12:00 (日)

 新型肺炎の蔓延が猖獗を極めるものの、稽古は続く。

 昨日は翠月庵の定例稽古。

 今回から新たにO氏が入門。柳剛流の稽古を始める。

 これで、私を含めて8人目の柳剛流剣士の誕生である。

 とはいえ、あまり気負うことなく、腰を据えてじっくりと稽古を積み重ねて、まずは切紙を目指して精進してほしいと思う。

 入門第一日目ということで、まずは基本の礼法から立ち方、素振り、打ち込み稽古。

 さらに、O氏は剣道二段ということなので、備之伝から柳剛流剣術「右剣」の形までを指導した。

180512_柳剛流



 17時で定例稽古は終了だが、Y師範代と私はいつも通りさらに居残り。

 約1時間、柴真揚流の稽古を行う。

 今日は、柔術早業の居捕と立合投捨から、いくつかを抜粋して集中的に取った。

 居捕は「左巴」、「右巴」、「飛違」、「袖車」、「真之位」、「御使者捕」を、立合投捨は「馬手捕」、「弓手捕」、「岩石落」、「後捕」、「後帯捕」を、受と捕を交代しながら繰り返し取る。

 特に柴真揚流ならではの、「当て倒す」という独特の当身の入れ方に留意しつつ指導を心がけた。

 今年は徹底的に、柴真揚流の形を磨いていこうと思う。



 帰路、地元のドラッグストアやスーパーマーケットに立ち寄るが、マスクも消毒用アルコールも、トイレットペーパーもすべて品切れ。

 それどころか、米や保存のきくインスタントラーメンなどにも、1人1点の販売制限がかかっていた。

 まるで震災直後のようだ。

 マスクや消毒用アルコ―ルはまだしも、十分な生産量が有るトイレットペーパーを、デマに踊らされて買い占めるのはいかがなものか。

 家にトイレットペーパーが2ロールしかなかったので、ちょうど買おうかと思っていることころにだったわけだが、本当に大迷惑である。

 それにしてもこの混乱、まだまだ続きそうだねえ・・・。

 (了)
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『日本剣道史第十号柳剛流研究(その一)』の投げ売りに想う/(武術・武道)

2020年 02月24日 18:23 (月)

 ちょっと前からヤフオクで、森田栄先生の『日本剣道史 第十号 柳剛流研究(その一)』が、何冊も続けて出品されている。

 どなたか、まとめて所蔵していた人から古書店に流出したのだろうか?

 私が確認している限り、ここ3週間くらいの間に同一業者から3冊が出品され、すでに2冊が落札されている。

 それにしても腹立たしいのは(苦笑)、これらがいずれもわずか2,000円という安値で落札されていることだ。

 私がこの柳剛流に関する貴重な史料(非売品)を入手したのはもう何年も前、やはりヤフオクでの落札だったが、その際、他の落札希望者との競争で値段が吊り上げられ、最終的に20,000円以上の金額でようやく落札した。

 2万円以上である。

 180ドル以上だ。

 166ユーロ以上ですよ。

 70兆ジンバブエ・ドル以上なんだよ・・・(※)。

 それが今、たったの2,000円と、私が買ったときの10分1の値段で売り買いされ、しかも次々と3冊も売りに出されているわけだ。

 いくら私が「足るを知る老荘の学徒」とはいえ、そりゃあ多少、むかっ腹を立てるのも人情ってもんでしょうよ。

 一瞬、

「いっそのことカネにモノを言わせて片っ端から買い占めてやろうか」

 とも思ったのだが(3冊買っても6,000円!)、さすがにそれはヒトとして野暮の極み。

 なにより柳剛流について、より多くの人に広く研究・考察していただくことは、実伝を継承し流儀の末席を汚す者として望むところでもあるので、心を鎮めて買占めは思い止まり、一人自家製の大根の漬物をかじりながら、唇をかみしめている次第・・・(涙)。

 この森田先生の労作は、時代的な制約から最新の調査・研究結果と比べると内容の誤りもいくつかあるのだけれど、それを補って余りあるほど貴重かつ重要な史料的価値の高いものだ。

 私が言うのもなんだが、購入した人はぜひ大切に味読・精読して、その価値を十二分に活かし、柳剛流の普及啓発や研究に役立てててほしいものである。



 悔しいといえば、去年、柴真揚流の詳細な手控えが記された伝書を落札し損ねたときも、まことに無念であった・・・。

 82,000円(!)まで値段が上がったため、私は涙を飲んだわけだが、今思うと誰かに借金してでも手に入れておくべきだったなあと、深く後悔することしきりである。

 オークション時に公開されていた画像は全部ダウンロードしておいたのだが、その内容を精読すると、我々が伝承している町川清先生~小佐野淳先生の系統の柴真揚流柔術早業とは異なる双川喜一系統の伝書のためか、形の取り口や技のかけ方が異なる点がいくつかあり、そういう意味でも興味深い貴重な史料であった。

 ちなみにこのオークションでは、例の「千人遠当て」の薬方について記した文面も画像が公開されていたため、その内容がツイッターでも広く流布され、いまやウィキペディアにまで掲載されてしまっているというのは、なんとも時代を感じさせる顛末である。

2002_柴真揚流_伝書
▲昨年、オークションに出品されていた柴真揚流の伝書。立合投捨「腰附」の取り口など、我々の伝承とは異なる点も少なからず見受けられる



 いずれにしても、落札した人はwebでいいから、内容を公開してくれんかねえ・・・。

 あるいは、いくらか謝礼を払ってもいいので、コピーさせてくれないだろうか?

 ・・・などと思うのだが、ま、いずれにしても覆水は盆に返らず。

 史料との出会いは一期一会だ。

 ここ一番で財力が無いのは悲しいねえという、貧しい流れ武芸者の嘆きであった。

 さて晩酌の肴に、スーパーで見切り品の刺身でも買ってくるかな・・・。

 嗚呼、南無八幡大菩薩。


(※)本日時点での、Amazonでの販売価格(10兆ジンバブエ・ドル紙幣=2,580円)からの換算。

 (了)

本日もまた居残りで、柴真揚流の稽古/(武術・武道)

2020年 02月23日 14:55 (日)

 昨日は翠月庵の定例稽古。

 いつものごとく、警視流立居合からはじめ、素振り、打ち込み稽古から、柳剛流の「右剣」と「左剣」をみっちりと指導。

 さらに今回は、目録・柳剛刀の一手である「飛龍剣」についても、解説しながら指導をした。

 また、見学・体験希望者が1名来訪したため、ひと通り形を披露した上で、体験として打ち込み稽古にも参加してもらう。



 定例稽古は14時から17時で終了なのだが、私とY師範代はさらに居残りで1時間ほど柴真揚流の稽古。

 小太刀居合である「素抜」をおさらいした後は、柔術早業の立合投捨15本の形を繰り返し取る。

 柔術も剣術も、人間を相手にした相対稽古で、みっちりと業を錬り込んでいかなければならない。

 「手順を知っている」「なれ合いなら技が効く」というレベルでは、それは到底武術とは言えまい。

 (あくまでも想定の上でだが)自分や大切な人の生命を守るべき「場」において、その一手に命を託せるか?

 今の時代、武術の業を実際に用いるようなことは、あってはならないことだが、柔(やわら)にせよ剣術にせよそのレベルにまで「術」を引き上げてはじめて、「本物の武術」といえるのではなかろうか。

 今年は特に柴真揚流について、相対稽古の数をできるだけ多く取り、形=業の質を上げていきたいと考えている。

2002_警視流拳法_2
▲久富鉄太郎著『拳法図解』(1888年)より

 (了)

眼之大事と『五輪書』/(武術・武道)

2020年 02月20日 01:02 (木)

 一般的に、人は怒りの感情にかられ、その感情がコントロール不能にまで高まると、無意識のうちに目を見ひらくことが多い。

 そして、怒りで目を大きく見ひらいている時は、多くの場合、頭がやや後方に反って顎が前て、顔を突き出すような姿勢になる。

 このような表情は、一見たいへんに怖ろし気に見えるのだが、武術的には非常によろしくない。

 なぜなら、見開いた大きな目には指先などの当身やホコリなどの異物が入りやすくなるし、首が後ろに反って突き出た顎は、ショートフックなどの打撃の恰好の目標になるからだ。

181228_030006.jpg
▲目を見開いて顎を突き出し、顔を近づけて威嚇してくるオッカナイ人(笑)には、ショートフックが効果的。コツとしては、顎ではなく耳の下あたりを狙い、肘を上げずに短く鋭く腰を使ってナックルパートを当て、そして振り抜くこと。空手家であれば同様なボディワークで、振り突きや振り猿臂を使ってもいい



 今更言うまでもない事だが、空手の組手や撃剣の試合などで、目をクワっと見開いて相手に打ちかかってくる人は、多分、シロウトさんでもあまりいないだろう。

 つまり、怒りの顔色で目を見開いて脅してくるような人は、武術や武道、格闘技などの心得の無い相手である蓋然性が高いというわけだ。

(ただし、世の中の事象には常に「例外」というものがあるので、「絶対に」ではないことには注意が必要である)

 一方で、顎を引いた上目遣いで、目を細めてにらみつけてくる相手というのは、それなりに喧嘩慣れしていると判断できる。

 ま、一番怖いのは、ニコニコしながら近づいてきて、グサッとひと突きしてくるような人なんだけれどもね(笑)。



 では武術・武道人たるもの、有事の際にはどのような「目」で対するのが良いのか?

 こうした戦闘のイロハについて、時代や流儀の垣根を越えて参考になるのが、宮本武蔵が書いた戦闘教範である『五輪書』だ。

 同書水の巻には、「兵法の身なりの事」として、次のように書かれている。


「顔はうつむかず、あをのかず、かたむかず、ひずます、目をみださず、ひたいにしわをよせず、まゆあいにしわをよせて、目の玉うごかざるやうにして、またゝきをせぬやうにおもひて、目をすこしすくめるやうにして、うらやかに見ゆるかを(顔)、鼻すじ直(すぐ)にして、少しおとがいを出す心なり」(岩波文庫『五輪書』より)


 ようするに、顎を引いて上丹田(眉間)に意識を集め、目を細めるようにして見よ、ということだ。

 思うに、武蔵の『五輪書』ほど、具体的で分かりやすく、しかも流儀の垣根を越えて参考になる剣客向けの戦闘マニュアルというのは、古今、無いだろう。

 例えば体当たりのコツを教える「身のあたりといふ事」や、突きの効用を教える「おもてをさすといふ事」「心をさすといふ事」、受けと打ち込みの拍子の大事を教える「かつとつといふ事」などは、柳剛流の備之伝や剣術の組太刀においても、たいへんに参考になるものだ。

 誤解を恐れずに言えば、形のポイントを記した水の巻「五つのおもての次第」を除けば、それ以外の『五輪書』のすべての教えは、他流の剣術者にとっても極めて実用的かつ具体的、そして有用な実践マニュアルになっているといえよう。

 さらに『五輪書』の素晴らしいとところは、言語では解説できない事については、

「コトバではうまく伝わらないので、稽古を通じて体得し、自分なりに工夫をしてみなさいね」

 と、明快に諭している点にある。

 こうした極めて明晰で合理的な身体と言語の感覚を持っていたというのが、宮本武蔵という剣客の「天才」であろうと私は思う。

1712_五輪書
▲377年前に書かれたとは思えない、明快で論理的・合理的な剣術戦闘マニュアル

 (了)

剣術における接触技法~柳剛流と柴真揚流から/(武術・武道)

2020年 02月16日 18:32 (日)

 昨日は翠月庵の定例稽古。

 本来、最も寒さが厳しいはずの2月中旬にもかかわらず、まるで3月か4月のような暖かい陽気は、快適というよりもいささか気持ちが悪い。

 向こう12年間、週末ごとに野天で稽古してきた者として言えるのは、確実に気候変動が進んでいるということだ。

 にもかかわらず、気候変動への対応を世界の大人たちへ厳しく問うているグレタさんのような少女を、一部の大人たちがしたり顔でバカにし、SNSなどで揶揄や罵詈雑言を繰り返しているのは、実に醜い心根だと思う。

 そういう、いい歳をした大人の醜い心は、必ずその人の顔に「悪相」として出ているものだ。

 易者が言うんだから、間違いない。

 一方でグレタさんも、たとえばマララさんのように、もう少し意識的に柔らかい表情を心がけると良いかと、人相見のおじさんは思うよ。

 閑話休題。



 さて、稽古は警視流立居合から。

 初学の皆さんも、ようよう大まかな形の動きは覚えてきたので、細かな動作を丁寧に修正する。

 刀の抜き差しから足の運び、身体の動かし方など、こまごまとした所を注意し、一つひとつ手直しをする。

 動作の一挙手一投足にいちいちダメ出しをするのは、意地悪な小姑のようで、教える側もけして楽しい事ではない。

 しかし、特に初学の人はこの時期に正しい刀の操法を身につけておかないと、後々で苦労することとなるので頑張ってほしいものだ。

 1時間ほど立居合を抜いた後は、柳剛流剣術の基本稽古。

 素振りからはじめ、備之伝、そして相対しての打込み稽古では、私が元立ちとなり上段・中段・下段(脚斬り)への三連打を徹底的に繰り返す。

 形稽古に比べると、こうした基本稽古は地味で人によっては体力的にもきついかもしれないが、ここで剣の地力を養っておかないと、その後の形稽古が単なる手順をなぞるだけの、殺陣や踊りのようなものになってしまう。

 およそ1時間、みっちりと基本稽古を行った後は、いよいよ柳剛流の形稽古だ。

 初学者は切紙の「右剣」を、ベテランは剣術~突杖~長刀(なぎなた)までのそれぞれの形を遣う。

 またベテラン陣には、柳剛流剣術の目録・柳剛刀の一手である「相合刀」の参考として、同じように接触技法が業の眼目となる柴真揚流の剣術「無想」という形を解説・指導。

 より深く、剣術における体術的な接触技法を理解してもらうことに努めた。

1805_柳剛流_相合剣
▲接触技法で相手を地面に倒し、その上で止めの斬撃を加える、柳剛流剣術「相合刀」



 こうして3時間の定例稽古は、あっという間に終了。

 来週も、頑張りましょう!

 (了)