FC2ブログ

03月 « 2020年04月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  » 05月

柴真揚流の諸術をおさらい/(古流柔術)

2020年 03月20日 01:24 (金)

 今晩は柴真揚流の稽古。

 柔術以外の諸術をひと通りおさらい。

 まずは「素抜」と呼ばれる小太刀居合を抜く。

 この業は座している我に向かい、歩み寄ってくる相手に対処することを想定したものだ。

 小太刀での居合ゆえ、抜き差しそのものは容易であり、形も全部で3本あるのみのシンプルなものだが、業の想定や遣い方が独特で、たいへんに興味深い。

 次いで剣術。

 「陽炎」から「取先」まで、5本の組太刀を遣う。

 柴真揚流らしい接触技法を用いる「無想」や、先々の先を取って勝つ「取先」など、簡素ながら特徴的な形=業が多い。

 最後は棒の型を、「抄当」から「捨身当」まで7本。

 ここで稽古をしめようと思ったのだが、やはり柴真揚流の稽古だけに流儀の本体である柔(やわら)の形もやっておかねばならない。

 そこで、表早業の立合投捨を「馬手捕」から「三人捕」まで15本、「気合の大事」に留意しながら復習。

 さらに表早業居捕の1本目「左巴」について、表、裏、そして裏々それぞれの形を打つ。

 最後は、当身台に蹴足と拳と肘当てを打ち込んで、今晩の稽古を終えた。

1903_柴真揚流_棒
▲柴真揚流 棒の型「抄当」



 さて、夜が明けたら世間様は三連休だそうだが、私は都内で午前中から日本刀関連の取材。

 今回のテーマは短刀ということなので、ちょっと予習してから眠るとしよう。

 (了)
スポンサーサイト



ある日の一人稽古~柴真揚流柔術/(古流柔術)

2020年 03月13日 02:25 (金)

 今晩は柴真揚流の稽古。

 本日は、ちょっと遅い時間までバタバタしていたので、有酸素運動と筋トレは省略。

 代わりに、ウォ―ミングアップ&クールダウンに四股を踏む。

1.準備運動/四股50回(約2分)
2.柴真揚流柔術(30分)
・表早業居捕/左巴、右巴、左車、右車、両手捕、片胸捕、両胸捕、柄捌、巌石、横車、飛違、両羽捕、石火、袖車、御使者捕、真之位、二人捕、以上17本
・打ち込み稽古/表早業立合投捨の馬手捕、弓手捕、巌石落の各形の動きで、当身台に拳足や頭突き等を打ちこむ。
3.整理運動/四股50回(約2分)

 以上、合計35分。 

2001_柴真揚流_左巴(裏)


 柴真揚流はもとより日本の古流柔術の多くは、捕と受の2名で行う形稽古(相対稽古)が修行の根本となる。

 このため、柳生心眼流兵術のような特殊な例を除いて、多くの場合、一人稽古がしにくいのが柔術のマイナス面だ。

 しかしこれは、組太刀を稽古の根本とする古流剣術も同様であり、相対稽古を補完するための日常における一人稽古をどのように行うのかについては、修行者の工夫や見識が問われるところでもある。

 私の場合、柴真揚流の一人稽古では、当然ながら居捕でも立合でも受けを取ってくれる相手がいないので、相対形での捕(あるいは受)の動きを単独で、丁寧に繰り返す。

 それにしても、柔(やわら)の相対形の動きを一人で繰り返すというのは、なんとも手ごたえの感じづらいものだ。

 しかし柴真揚流の場合、当身で「当て倒す」という形=業が多く、ある種、空手道の約束組手に近い感覚なので、比較的一人稽古がしやすいともいえる。

 また、「袖車」や「真之位」といった締め技系の形、あるいは捨身投げの形などについても、その動きを自分一人で繰り返すのは、けして無駄な稽古ではない。

 手控えを確認しながら、何度も何度も繰り返し、一人稽古で形の動作を体にしみ込ませることは、必ず相対稽古あるいは乱取り等でも活きてくる。

 いわば、シャドーボクシングのようなものだ。

 さらに、これに加えて私は補助的鍛錬として、当身台への打ち込み稽古も適宜行っている。

 形の動きに準じながら、畳とマットを組み合わせた当身台に、拳足や頭突き、あるいは肘当てなどを打ち込むのである。

200312_柴真揚流_当身1


 なお、打ち込み稽古で注意すべき点は、拳足などを固めることが目的ではないということだ。

 あくまでも、物体に拳足等を打ち込む当て心地(感触)を感得することが目的である。

 さらにこれは私見ながら、こうした当身の打ち込み稽古は、特に拳での当身に関して、柴真揚流特有の腰のキレと体幹の力積を活かした当て方=威力の養成につながると考えている。

 同様に柴真揚流で多用する蹴足の当身についても、形稽古ではどうしても全力で蹴り込むことができないので、当身台でしっかりと、「身の内1~2寸」に蹴り込む鍛錬をしておかなければならない。

200312_柴真揚流_当身2


 繰り返しになるが、柔(やわら)の稽古はあくまでも相対での形稽古が主体である。

 それだけに、一人稽古はなかなかやりにくいものであるが、工夫を凝らして取り組んでいくことが重要だ。

 (了)

ある日の一人稽古~柳生心眼流兵術/(古流柔術)

2020年 03月11日 00:46 (水)

 新型コロナウイルス流行の影響で、しばらくの間は、今まで以上に一人稽古の機会が増えると考えられる。

 そこで私自身の日常における一人稽古の具体的な内容を、改めて各流儀の例ごとにここに記しておくことも、門人諸氏にとって何かの参考になるかもしれないと思った次第。

 というわけで今晩は、柳生心眼流の稽古。


1.有酸素運動/エアロバイクを最大負荷で(30分)
2.ストレッチ各種
3.筋トレ(下記のメニューを15分以内で)
・プレスアップ(横)×20、クランチ×20、ランジ×20、レッグレイズ×20、小太刀片手素振り×60、ベントニーシットアップ×20、カーフレイズ×100、サイハンドスライド×20、プレスアップ(縦)×20、レッグレイズ×20、リアシザーズ×50、ツイストクランチ×20
4.柳生心眼流兵術(40分)
・基本鍛錬/天の振り、地の振り、周転(卍)の振り、降周転の振り、半周転の振り、地開の振り、地開変転の振り、天開の振り、誘引の振り、上袈裟の振り、巻周転の振り、下袈裟の振り、横周転の振り
・素振二十八ヶ条/「表」、「中極」、「落」、「切」
・補助鍛錬/当身台への打ち込み稽古、佐藤伝の拳形での素振(「表」、「中極」、「落」の片衣で)

 以上、合計85分。

1902_柳生心眼流_3


 柳生心眼流兵術には、なんといっても日本の古流柔術としては特異的な、単独形による鍛錬法である「素振二十八ヶ条」があるので、これほど一人稽古のしやすい柔(やわら)はない。

 正しい素振を徹底的に練磨し、「素振り三年刃のごとし」という、当身拳法の境地を目指したい。

 ただし柳生心眼流の稽古においても、他の古流柔術と同様に受と捕の二名で行う相対稽古は、欠かすことのできない重要な鍛錬であることは言うまでもない。

 武術が対人攻防の「業」=「術」である以上、人間を相手にした相対稽古は必須である。

 一人稽古だけでは武術は大成しないということを、忘れてはならない。

 (了)

柳生心眼流の拳形と、空手道の背刀打ち/(古流柔術)

2020年 03月06日 12:29 (金)

 新型コロナウイルス感染症の流行は、激しさを増すばかり。

 世情は日に日に不安感が高まっているが、それでも日々の稽古を欠かすことはできない。

 一昨夜と昨夜は、思うところあって柳生心眼流の稽古。

 「表」から「切」までの素振二十八ヶ条を丁寧に振る。

 普段は、

2003_柳生心眼流_拳1
▲普段の素振の際の拳



 このような拳形で素振を行っているのだが、昨年末の本部稽古にて、師より教えていただいた「鈴木専作・佐藤金兵衛伝」の拳形でも、素振をしてみる。

2003_柳生心眼流_拳2
▲「鈴木専作・佐藤金兵衛伝」の拳形


 佐藤伝の拳形での素振は、昨年末から折に触れて自分の稽古に取り入れているのだが、最近になってようやく、違和感なくその拳形で、自然に素振ができるようになってきた。

 当身台への打ち込みについても、通常の拳形と併せて佐藤伝の拳形での打ち込みも積極的に行っている。

 個人的には、特に「落」での下段打ちは、この佐藤伝での拳形の方がより人体に打ち込みやすく効きが良いように感じる。

 また、この佐藤伝の拳の使い方について、師よりとある「口伝」を伝授していただいたので、その打ち方を当身台への打ち込み稽古で繰り返しているのだが、これがたいへんに使いやすい。



 ところで、かつて私が30代の頃(遠い昔、平成時代・・・)、競技空手の試合に出ていた時に、組手試合での得意技のひとつが「背刀打ち」であった。

 当時、伝統派空手の試合組手で、背刀打ちを使う人はほとんどいなかったのだが(今もほとんどいないと思う)、1990年代に全日本選手権で優勝した国分利人師範が、この背刀打ちという変わった技を、試合組手で効果的に使っているのを見て、私は衝撃を受けた。

 このため、実際に自分が空手を稽古するようになった際、

「試合での背刀打ちを、自分の得意技にしよう!」

 と、結構一生懸命に稽古をしたのである。

 当時、私の空手の師はG流のT先生で、そのご令息であるK先生は、全空連のナショナルチームに選抜された組手の選手であり、全日本選手権で決勝の舞台にまで進まれた、日本の空手界を代表する超一流の空手家であった。

 このK先生が、私が組手の稽古や試合で背刀打ちを盛んに使っているのを気にかけてくださり、何度か直接、試合での背刀打ちの使い方を指導してくださったのは、G流の門を離れ空手の試合からも遠ざかった今も、忘れられない大切な記憶である。

 こうして組手での背刀打ちは、私の得意技となった。

 その結果、流派主催の全国大会における組手試合で、私よりも格上であったオランダ支部長の外国人空手家を、この背刀打ちで撃破するという大番狂わせができたことは、今も記憶に鮮明だ。

2003_空手_組手
▲組手でのもう1つの得意技は、左の上段回し“ナイマン”蹴り。そういえばハンス・ナイマンも、鬼籍に入って久しいねえ・・・



 で、なぜに競技空手現役時代の自慢話(苦笑)・・・、ではなく思い出話をつらつらと書いたのかというとだ。

 師より伝授していただいた、柳生心眼流佐藤伝の拳形に関する「とある口伝」が、空手道における背刀打ちの古い使い方によく似ていたからである。

 その具体的な内容は流儀の口伝ゆえ、ここでは明らかにできないが、

「なるほど、よく効く技、実践的な術というのは、自ずから共通するのだなあ・・・」

 と、得心した次第。



 ここしばらく、翠月庵における柔(やわら)の稽古は柴真揚流が中心となっているのだが、私個人としては柳生心眼流についても、その業が体に染みつき「術」となるよう、さらに鍛錬を重ねていかなければと自戒している。

 (了)

九寸五分と鉢巻、そしてスピリタス/(古流柔術)

2020年 02月25日 10:07 (火)

 巷では、新型肺炎が猖獗を極めているということで、稽古以外、できるだけ人込みを避けるようにして自宅に引き籠もり飲んだくれている・・・のではなく仕事をしている(爆)。

 こういうとき、すでに生活に関わる買い物の半分以上がアマゾンやヨドバシ・ドットコムになっているというのは、ありがたい。

 そんな中、柴真揚流の稽古に使う九寸五分の木刀と鉢巻を購入。

 これまで、稽古用の短刀タイプの木刀を持っていなかったので小太刀の木刀で代用していたのだが、一尺五寸ほどの小太刀と九寸五分の短刀ではあまりにも寸法が異なり、形稽古の際の体捌きや間合、拍子が異なってしまうのが気になっていたのだが、これで正しく稽古ができる。

2002_柴真揚流_武具
▲新たに購入した九寸五分の木刀と鉢巻。下段は水月塾謹製の鉢巻



 鉢巻については、私は師よりいただいた水月塾謹製のものを使っているのだが、門人諸氏はこれまで鉢巻が無かったので、短刀と併せて人数分を購入した。

 なおちなみに水月塾謹製の鉢巻には、古式に則って額の部分に刺し子が施してある。

 今回新たに門人用に購入したものは出来合の鉢巻で刺し子はないので、各人、自分あるいは奥さんや彼女(LGBTQの時代なので、旦那さんや彼氏でも結構ですが・・・)にお願いして、チクチクやってください。

2002_柴真揚流_鉢巻
▲鉢巻の額に当たる部分には、古式に則って刺し子が施されている。



 ちなみに伝書をひも解くと、柴真揚流では手拭いを鉢巻にしてつける礼式が伝えられている。

 その際、手拭いの折り方について、「陰陽」や「天地人」といった東洋哲学の考え方を用いて説明しているのも興味深い。

 また実践者として思うのは、鉢巻をつけて柔(やわら)を取ると、なにもしていない時よりも気持ちが「ピリッ」とするものだ。

 さらに余談だが、「気持ちがピリッとする」といえば、師の教えによれば柳生心眼流の返し(ムクリ・マクリともいう)には導引養生の効果もあるとのことで、確かに素振り二十八ヶ条の組形で受をとり返しを行うと、なんとなく気鬱が晴れるような気がするのはプラセボだろうかね・・・?

 東洋医学的に考えると、返しを取る=後方回転をすることで、「気逆」を整える効果があるようにも思われるが、いかがなものだろうか。



 ところで、疫病の流行で今月のはじめ頃から、近所のドラッグストアや薬局からマスクはもちろん消毒用のアルコールも、まったく姿を消してしまった・・・。

 幸いマスクは親しい人から当面間に合う分を譲ってもらい、消毒用のアルコールも近所のドラッグストアにあった最後の1本が買えたので、しばらくの間はもちそうである。

 しかし今後、悪疫の流行は数カ月間続きそうであり。マスクも消毒用アルコールも不足あるいは高値が続きそうだ。

 そこで取り急ぎ、消毒用アルコールの代替品としてスピリタスを購入。

 こいつを1.2倍に希釈すれば、最も殺菌効果の高い80%濃度の消毒用アルコールとなるわけだ。

 飲んじまわないように、気をつけなければいかんね(笑)。

2002_スピリタス
▲幸い早めに注文したので定価で買えたが、現在は3倍くらいの高値となっている。マスクの転売屋もそうだし、東日本大震災の時もそうだったが、こうした災害時に高値で暴利を貪る悪徳商人が実に多い。ま、日本人の民度など、所詮こんなもんということか・・・。「令和の打ちこわし」が必要かもね

 (了)