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柴真揚流の蹴当てと三日月蹴り/(古流柔術)

2019年 07月23日 01:00 (火)

 空手道の蹴り技に「三日月蹴り」というのがある。

 これについて伝統派空手道では、

「三日月蹴りは、回し蹴りに似ているが、異なる点は膝関節の伸展ではなく、立っていた位置から目標に向かってスムーズな半円つまり三日月型となるように足をふり上げる」(『図解コーチ 空手道』(道原伸司著/成美堂出版/1997)

 のに対し、フルコンタクト空手では、

「前蹴りと回し蹴りの中間の軌道となる。 (中略)。左足を上げ、相手の右脇腹にある肝臓に親指の付け根の中足を当てる。右足で蹴って脾臓などを狙う場合もあるが、基本的に相手の肝臓を狙う技であるため、左足で蹴ることが多い。」(ウィキペディアより)

 とされており、名前は同じだが実際には、それぞれ異なる業である・・・、というのは、5年ほど前に本ブログに書いた。

「三日月蹴り、いろいろ」(2014.5.15)
https://saitamagyoda.blog.fc2.com/blog-entry-572.html



 明日は午前中から特定健診の受診があるので、健診の開始10時間前からは飲食ができないことから、仕事は山積みなのだが、少し早いけれど本日は23時過ぎで業務を終了。

 軽めに稽古をしてから寝ようと思い、柴真揚流の立合投捨の形を1本目の「馬手捕」から15本目の「三人捕」までざっとおさらいする。

 稽古のシメに、当身台への打ち込み稽古していると、はたと思うところあり。

 柴真揚流には、立合投捨にも居捕の形にも、釣鐘の殺への蹴当てがいくつかあるのだが、そのうちのある形における蹴当てが、まさに伝統派空手でいうところに三日月蹴りと同じ要領なのではあるまいか・・・?

 そこで、形の想定する位置から、当身台に対して三日月蹴りの要領で蹴足を入れると、それまで思うように威力が乗らなかったその形の想定での蹴当てが、しっかりと威力のある当身として蹴り込めるようになった。

 なるほど! 三日月蹴りとは、こういう状況で使うものなのだなあと、改めて蒙を開かれ、目からウロコがポロポロと5~6枚落ちた次第である。

 柴真揚流の当身は、深い。


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▲伝統派空手道における三日月蹴り(『図解コーチ 空手道』より)



「三ケ月蹴りとは、特に、横側に居る敵手を蹴り上げる蹴り方を言うのである。例えば、左側に居る敵手を我が右足で蹴り上げる場合に、丁度足先の通る線は三ヶ月型に弧線を描いていくからこの蹴り方を三ヶ月蹴りと言うのである」(糸満盛信著『唐手術の研究』より)


 (了)
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柔らかな拳/(古流柔術)

2019年 07月02日 00:56 (火)

 いつものごとく、エアロバイク&筋トレの後、今晩は柳生心眼流の稽古。

 「表」、「中極」、「落」、「切」の素振二十八ヶ条の後は、小手返の七ヶ条をおさらい。

 さらに「天の振り」から「横周転の振り」までの単独素振り、そして実践応用稽古。

 特に、山勢厳流しと巻中勢巌について念入りに繰り返す。

 同じ当身主体の柔術(やわら)でも、柴真揚流が楊心流系の接触技法の面影を色濃く残しているのに対し、柳生心眼流はどこまでも徹底的に柳生心眼流だ・・・(笑)。

 稽古のしめは、当身台への打ち込み。

 心眼流独特の柔らかい拳での当身は、柴真揚流の拳での当身とは、当てるための体の使い方も、当て方も、まったく異なるものだ。

 同じ日本の古流柔術、そして同じ拳の当身でも、ここまで違うのものなのかと、当身好きとしてはたいへんに興味深い。



 仙台藩登米伝の柳剛流を代表する剣客である沼倉清八師範(1888~1959)は、柳剛流に加えて柳生心眼流の柔術も免許皆伝であったという。

 偉大な先師方に比べれば、私など柳剛流も柳生心眼流も未だくちばしの黄色いヒヨコのような業前だが、自分なりに生涯をかけて、研鑽を積んでいこうと思う。
 

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▲松代文武学校武道会にて、師に受をとっていただき、柳生心眼流の素振組形を演武する



 (了) 

雨の日は、柴真揚流/(古流柔術)

2019年 06月30日 12:57 (日)

 昨日は定例稽古だったのだが、あいにくの雨。

 諸般の事情で結局武道館も使えず、3年ぶりの3週連続雨天中止である。

 まことに残念ですが、皆さん、自主鍛錬に励んでください。

 ま、これも野天で剣を振るう、農民剣法の宿命・・・。

 早く宝くじで7億円を当てて、屋根付きの稽古場がほしいとしみじみ思う。



 自主稽古ということで、私はいつも通り拙宅にて稽古。

 エアロバイク&筋トレでひと汗流したあと、柴真揚流の復習。

 まず、居捕17本を手控えを確認しながら丁寧におさらい。

 特に柴真揚流の象徴ともいえる「左巴」の形と、一方で楊心流系柔術の核心ともいえる「真之位」の形を、重点的に繰り返す。

 形の合間には、当身台へ拳足肘頭による当身の打ち込み稽古。当身の手ごたえや速度、力加減などを確認する。

 次いで立合は「馬手捕」から「両手捕」まで。

 さらに、柴真揚流特有の小太刀居合である「素抜」、剣術と棒の形をそれぞれ打つと、あっという間に2時間が過ぎた。

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▲こちらは、柴真揚流の親流儀のひとつである、天神真楊流の「真之位」



 さて来週は、晴れるかな・・・。

 (了)

柴真揚流の蹴込み/(古流柔術)

2019年 06月15日 03:53 (土)

 本日締め切りの、とある社会福祉法人に関するルポルタージュ記事、4,500文字を脱稿。

 心身ともにヘトヘトだが、それでもいそいそと稽古着に着替え、今晩も稽古。

 柳剛流の備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝から始め、剣術をひと通りおさらい。

 次いで、柴真揚流。

 「左巴」から「二人捕」まで居捕17本、そして立合は「馬手捕」から「両手捕」までを繰り返す。

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▲柴真揚流の稽古に欠かせない道具のひとつである茶碗。何に使うのかは、実伝で学ぶべし



 その後はひとしきり、形の動作に則って当身台に拳足を打ち込む。

 柴真揚流では、蹴込みを多用する。

 その際、特に蹴足に習熟していない初学者は、中足(足の指の付け根部分)をしっかりと返し、上足底を正しく相手に当てることを学ばねばならない。

 これは柔術(やわら)に限ったことではなく、空手道の稽古でもそうだが、初学者はもとよりそこそこ稽古に習熟してきた中級者でも、中足を返した状態でしっかりと上足底を当てられない者がいる。

 中足をしっかり返せずに、中途半端な踵蹴り、あるいは崩れたつま先蹴りのようになってしまう者が少なくないのである。

 靴を履かない状態が前提である、日本の伝統武道における蹴当てでは、中足を返した正しい当て方を習得しなければならない。

 そのために特に初学の者は、形を行ずるだけではなく当身台などに対し、上足底で的の「身の内1~2寸」を目当てに、しっかりと中足を返して当てることを学ぶ必要がある。

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▲柴真揚流で多用される、下段への蹴込み。指をしっかりと反らして上足底部分を確実に、相手の「身の内1~2寸」を目あてに当てることが重要だ



 また、当身台などに実際に当てることに習熟したら、形稽古においても「受」に対して、実際に拳足を当てながら形を打つべきであろう。

 もちろん、当て放しの当身にせよ、電撃的な引き重視の当てにせよ、全力で当身を入れながら稽古をしていたら、当てられる側である「受」の体が持たないことはいうまでもない。

 そのたびに悶絶してしまう。

 そこで私の場合、柔術の指導で「受」を執る際には、当てる部位や当身の種類にもよるが、必要に応じて1~3割くらいの力の感覚で当てるように「捕」に促し、実際に「人体へ当てる感覚」を覚えてもらうよう心がけている。

 おかげで時折、弟子の当身が効きすぎて、自分が本当に悶絶してしまうという、なんともこっぱずかしいこともあるわけだが・・・・(苦笑)。

 ま、それもまた己の鍛錬であり、「やわらの当身は、よく効くなあ・・・」と、しみじみ実感するのである。



 なお蛇足ながら、眼球をはじめとした顔面部や金的など危険な部位への当身は、形稽古では必ず寸止めにするのは言うまでもない。

 これらの部位に対する当て具合は、当身台等への加撃で習熟するべきである。

 また、まだ体のできてない初学者や下位者に対して、指導者や上位者の側が実際に当身を当てるなどというのは言語道断である。

 弟子や下位者に正しい鍛錬の段階を踏まさせず、稽古や指導の名のもとに不条理な苦痛を強制するのは、武芸の稽古や指導ではなく、サディスティックな「暴力」にすぎない。

 当身の鍛錬や指導に限らず、武術・武道を教える立場にある者は、常にこうした点に留意するべきであろう。

 (了)

柴真揚流の稽古‐居捕から素抜まで/(古流柔術)

2019年 06月08日 00:46 (土)

 今夜も柴真揚流の稽古。

 居捕では「真之位」と「袖車」、「御使者捕」を重点的に繰り返す。

 次いで立合は、「馬手捕」から「両手捕」までを復習。

 そして、当身台への実打の稽古。

 水月や電光、雁下や後電光など、「殺」の位置を十分に意識しながら、拳足を当身台に打ち込む。

 しかし頭突は、あまりやりすぎるとクラクラしていかんね(苦笑)。

 その後、棒の型と剣術の形、そして素抜(小太刀居合)で今晩の稽古は終了。

 夜が明けて、本日午後からの翠月庵の定例稽古でも、みっちりと柴真揚流を稽古する予定だ。

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▲柴真揚流柔術 棒の型


 (了)