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柴真揚流の蹴込み/(古流柔術)

2019年 06月15日 03:53 (土)

 本日締め切りの、とある社会福祉法人に関するルポルタージュ記事、4,500文字を脱稿。

 心身ともにヘトヘトだが、それでもいそいそと稽古着に着替え、今晩も稽古。

 柳剛流の備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝から始め、剣術をひと通りおさらい。

 次いで、柴真揚流。

 「左巴」から「二人捕」まで居捕17本、そして立合は「馬手捕」から「両手捕」までを繰り返す。

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▲柴真揚流の稽古に欠かせない道具のひとつである茶碗。何に使うのかは、実伝で学ぶべし



 その後はひとしきり、形の動作に則って当身台に拳足を打ち込む。

 柴真揚流では、蹴込みを多用する。

 その際、特に蹴足に習熟していない初学者は、中足(足の指の付け根部分)をしっかりと返し、上足底を正しく相手に当てることを学ばねばならない。

 これは柔術(やわら)に限ったことではなく、空手道の稽古でもそうだが、初学者はもとよりそこそこ稽古に習熟してきた中級者でも、中足を返した状態でしっかりと上足底を当てられない者がいる。

 中足をしっかり返せずに、中途半端な踵蹴り、あるいは崩れたつま先蹴りのようになってしまう者が少なくないのである。

 靴を履かない状態が前提である、日本の伝統武道における蹴当てでは、中足を返した正しい当て方を習得しなければならない。

 そのために特に初学の者は、形を行ずるだけではなく当身台などに対し、上足底で的の「身の内1~2寸」を目当てに、しっかりと中足を返して当てることを学ぶ必要がある。

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▲柴真揚流で多用される、下段への蹴込み。指をしっかりと反らして上足底部分を確実に、相手の「身の内1~2寸」を目あてに当てることが重要だ



 また、当身台などに実際に当てることに習熟したら、形稽古においても「受」に対して、実際に拳足を当てながら形を打つべきであろう。

 もちろん、当て放しの当身にせよ、電撃的な引き重視の当てにせよ、全力で当身を入れながら稽古をしていたら、当てられる側である「受」の体が持たないことはいうまでもない。

 そのたびに悶絶してしまう。

 そこで私の場合、柔術の指導で「受」を執る際には、当てる部位や当身の種類にもよるが、必要に応じて1~3割くらいの力の感覚で当てるように「捕」に促し、実際に「人体へ当てる感覚」を覚えてもらうよう心がけている。

 おかげで時折、弟子の当身が効きすぎて、自分が本当に悶絶してしまうという、なんともこっぱずかしいこともあるわけだが・・・・(苦笑)。

 ま、それもまた己の鍛錬であり、「やわらの当身は、よく効くなあ・・・」と、しみじみ実感するのである。



 なお蛇足ながら、眼球をはじめとした顔面部や金的など危険な部位への当身は、形稽古では必ず寸止めにするのは言うまでもない。

 これらの部位に対する当て具合は、当身台等への加撃で習熟するべきである。

 また、まだ体のできてない初学者や下位者に対して、指導者や上位者の側が実際に当身を当てるなどというのは言語道断である。

 弟子や下位者に正しい鍛錬の段階を踏まさせず、稽古や指導の名のもとに不条理な苦痛を強制するのは、武芸の稽古や指導ではなく、サディスティックな「暴力」にすぎない。

 当身の鍛錬や指導に限らず、武術・武道を教える立場にある者は、常にこうした点に留意するべきであろう。

 (了)
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過ぎ去りし旅の記憶/(旅)

2019年 06月14日 02:10 (金)

 ちょっと重たい原稿を書き終え、ひとしきり柴真揚流の稽古。

 風呂で汗を流した後、寝酒に白霧島の水道水割りを飲みながら、過ぎ去りし旅の日々に想いを致す・・・。






「わたしが考えていることを表現するには、高尚すぎる言葉かもしれん。約束をしたら必ず守る、とか、いかなることがあろうと友人を助ける、といった単純なことだ。それらを合わせたものを、名誉といえないだろうか?」
            (クルト・シュタイナ空軍降下猟兵中佐)



 (おしまい)

安心できる未来のために/(時評)

2019年 06月13日 10:34 (木)



 第25回参議院議員通常選挙の投票日は、来る7月21日の予定だとか。


「圧制を変じて良政に改め、自由の世界として人民を安楽ならしむべし」
(秩父事件を記録した、貴布祢神社の神官で国学者の田中千弥の日記より)


 (了)

警視流居合を抜く/(武術・武道)

2019年 06月12日 08:40 (水)

 昨夜の稽古では、先の本部稽古で師より手ほどきをいただいた、国際水月塾武術協会伝の警視流居合を抜く。

 警視流については、ある時期、わりあい根を詰めて稽古したことがあるので、なんとはなしに懐かしい。

 基本的には、

「警視流は、洋装帯剣の警察官に対する統一的訓練の必要から、警視庁が明治19年に『立居合』及び『木太刀』の形を制定したことをもって嚆矢とする」(「警視流立居合に関する研究」中井憲治/仙台大学紀要Vol44.No.1:43-58.2012)

 というものだけに、立居合にて前後左右の敵に対する抜付と二之太刀以降の正面斬りという、たいへんにシンプルな構成だ。

 このため、何らかの流派の居合や剣術に習熟した者であれば、速習的に容易に習得することができる。

 一方で、 ご存じの通り警視流の立居合は、浅山一伝流、神道無念流、田宮流、鏡心明智流、立身流から1本ずつ形を採用しているため、全体を包括する統一感や体系だった術理といったものは、あまり感じられない。

 ただし納刀動作などを見ると、全体的に神道無念流立居合の影響が強い内容となっている。

 いずれにしても警視流居合は、その後の日本における軍刀術、そして戦後に編纂された全日本居合道刀法や全日本剣道連盟居合までに連なる、近・現代日本における刀法の変遷を今に伝える、貴重な“レガシー”のひとつだといえるだろう。



 水月塾伝の警視流居合は、現在、警視庁居合同好会およびその系統である広島県などで稽古されている警視流立居合と比べると、

・抜付
・二之太刀以降の正面斬り
・礼法          

 などについて、若干だが異なる点があるのも興味深い。

 これらの相違点については、その伝系をたどって調べてみるのも面白いかと思う。

 また今後、翠月庵での教習において刀法の初学者に対しては、まず警視流から指導していくというやり方もよいかなとも考えている。


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 (了)

6月の水月塾本部稽古~警視流、柳剛流、甲陽水月流/(武術・武道)

2019年 06月10日 08:05 (月)

 昨日は午後から、水月塾本部での稽古。

 この春から本部に入会したAさんとともに、師より警視流立居合の手ほどきをしていただく。

 水月塾本部が伝承している警視流の立居合は、抜き付けや納刀動作について、私が以前稽古していた警視流立居合と若干異なる点があるものの、形の大意は同じなので比較的スムーズに抜くことができた。

 ちょうど最近、まったくの武道初心者に対して、刀法に習熟させるための指導をどのようにしようか思案しているところだったので、(柳剛流の居合は、これまで一度も刀の抜き差しをしたことがないという、まったくの刀術初心者には、いささか難易度が高い)、まず警視流で刀の抜き差しに慣れさせるというのも、ひとつの方法かもしれない。



 続いて師に打太刀を執っていただき、柳剛流の備之伝と備十五ヶ条フセギ秘伝の稽古。

 そして最後は、甲陽水月流の二丁十手。

 師のご指導のもとで、本部のO師範代に打太刀を執っていただき形を繰り返す。

1906_十手


 こうして稽古はあっという間に終了。今回も充実した稽古ができた。

 すっかり長くなった日暮れの中、師に同道させていただき馬モツと馬刺しで軽く飲んだ後、帰路についた。


 (了)

柴真揚流の稽古‐居捕から素抜まで/(古流柔術)

2019年 06月08日 00:46 (土)

 今夜も柴真揚流の稽古。

 居捕では「真之位」と「袖車」、「御使者捕」を重点的に繰り返す。

 次いで立合は、「馬手捕」から「両手捕」までを復習。

 そして、当身台への実打の稽古。

 水月や電光、雁下や後電光など、「殺」の位置を十分に意識しながら、拳足を当身台に打ち込む。

 しかし頭突は、あまりやりすぎるとクラクラしていかんね(苦笑)。

 その後、棒の型と剣術の形、そして素抜(小太刀居合)で今晩の稽古は終了。

 夜が明けて、本日午後からの翠月庵の定例稽古でも、みっちりと柴真揚流を稽古する予定だ。

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▲柴真揚流柔術 棒の型


 (了)

「坐す」こと/(武術・武道)

2019年 06月07日 02:08 (金)

 今夜は柴真揚流の稽古。

 「左巴」から「二人捕」まで、居捕17本を丁寧に繰り返す。

 柔術(やわら)の稽古を実用の雛型、ありていに言えば「制敵護身」と捉えるのなら、居捕よりも立合の方がより今日的な意義があろう。

 一方で、それを伝統文化の保存・継承と捉えた場合、立合よりも居捕の方が、より「坐の文化」という日本固有の行動哲学を、術者に感じさせてくれるはずだ。



 私はもともと、柔術にしても居合にしても、あるいは手裏剣術についても座業が好きだ。

 なんというか、「坐す」という行為そのものに、この国の身体文化の古いDNAを感じるのである。

 また座技があるゆえ、柔術や居合は畳一畳のスペースがあれば稽古をすることができる。

 これは私のような、長屋暮らしの貧乏武芸者には、たいへん大きなメリットだ(苦笑)。

 たった一畳の茣蓙の上で、思う存分、柔術や居合の稽古ができのも、座技・居捕があってこそである。

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▲跪座で行う、柳剛流居合の刀礼



 小半刻ほど稽古をしていると、すでに稽古着が汗で重い。

 考えてみれば、もう麦秋の盛りなのだ。

 そろそろ武州も、梅雨入りかねえ・・・・・・。


 (了) 

過ちては改むるに憚ること勿れ/(武術・武道)

2019年 06月06日 11:50 (木)

 過日、久々に県立武道館での空手の稽古に出席。

 この教室は県連主催で、各流派の先生方が指導に来られるのだが、4月の年度替わりの際、それまで長年にわたって指導されていた先生方が勇退され、指導陣が新しい先生方に変わったとのこと。

 知らなかった・・・。

(それだけの期間、私が空手の稽古をサボっていたということですな。ま、古流の稽古で忙しくってネ・・・)

 この稽古会では、特に糸洲流のN先生から古流の空手の技法などを教えていただくことができ、学びの多いご指導をいただいていただけに、個人的にはたいへん残念だがしかたがない。



 いつも通り、基本稽古の後は形稽古。

 この時期は初心者が多いこともあり、平安二段と三段の稽古となった。

 こちらの教室で教えている平安の形は、A流の平安なのだけれど、三段の最後の挙動、背後の相手への猿臂と顔面突きの同時打ちについて、今回指導に立った先生の動作がちょっと違っていた。

 そこで、稽古の最後に「今日の稽古で、何か質問は?」と聞かれたので、

 「平安三段最後の挙動は、猿臂と顔面突きの同時打ちではないのですか?」

 と聞いてみた。

 すると、

 「猿臂と顔面突きの背後への同時打ちではなく、猿臂で当てない方の拳は、自分の胸に着けるようにしてください」

 とのこと。

 う~ん、そうだったっけ?

 と疑問に思ったのだが、この先生の流派はA流とのこと。

 またなにより、私はあと数か月で知命の歳を迎える、“足るを知るオトコ”である。

 あえて場の空気を乱す必要もあるまいと思い、

 「分かりました。ありがとうございます!」

 とにっこり笑顔でお礼を言って、稽古を終えた次第。

 そして・・・、

 自宅に帰ったら速攻で空手の教則本やら資料やらを5~6冊取り出して確認し、さらにyoutubeにあるA流公式の形の動画なども複数確認する。

(疑問を感じたらチェック・ダブル・チェックをするのはジャーナリストのイロハのイであり、お袋が自分に愛しているよと言っても真に受けないで証言のウラをとるのが取材記者の基本である)

 するとやはり、A流の平安三段の最後の挙動は、どの教本でも公式動画を見ても、猿臂と顔面突きの同時打ちであった。

 ・・・・・・。

 はて、A流の平安三段の形は、最近になって最後の動作が変わったのかしら?



 ま、これも他山の石である。

 私も翠月庵で、

 「先生、その青眼右足頭、動きが違ってるんじゃないですか?」

 などと言われないよう、気をつけねばならない。

 ちなみに私は、初めて師から柳剛流の手ほどきをいただいて以来、今日に至るまで、備之伝から剣術、居合、突杖、長刀などすべての形、そして小太刀や二刀、組打や活法などの口伝について、動作の一挙手一投足、口伝の教えの一言半句も漏らすことなく、詳細かつ時系列ごとに稽古ノートにまとめて記しており、さらに基本的な形の動作については、可能な限りテキスト(言語)化してレジュメにしてある。

 これらの資料は、私にとって最も大切な宝であり、火事が起きたら真っ先に持ち出すべき財産だ。

 柳剛流の稽古の前後には必ずこれらの資料を確認し、あるいは日々折に触れて目を通し、知らず知らずのうちに自分の動きが違っていたり、誤った動作を教えるようなことが無いように心がけている。

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▲柳剛流の形の動作や口伝をまとめたノートと、形の動きを言語化したレジュメ。これまで私が学んできた仙台藩角田伝柳剛流のすべての動作と口伝は、このように可能な限り詳細にまとめてある。なお、私は壊滅的に「絵心」がないので、図解が悲惨なのは、ま、気にしない気にしない・・・


 仙台藩角田伝 柳剛流の師範として、弟子に教える動きがいつのまにか変わっていたり、知らず知らずのうちに間違った動作を教えるようなことはあってはならない。

 一方で人間というのは、私のような凡俗はもとより、名人・達人と言われるような高名な先生方でも、時には間違えもし、忘れもするし、勘違いもしてしまうものだ。

 だからこそ、はからずも何かの勘違いで弟子に間違ったことを教えてしまい、それを指摘されるようなことがあったとしたら、武人としてどう身を処すべきか?

 私は、素直に自らの誤りを認め、あらためて正しい動きを教えることのできる指導者でありたいと思う。

 「過ちては改むるに憚ること勿れ」

 とういう心映えの美しさは、何歳(いくつ)になっても忘れたくないものだ。



 で、平安三段の挙動の誤りを、次の稽古の際に指摘するかって?

 いやいやいや、しない、しない、しない(苦笑)。

 柳剛流と違って空手道については、私は師範ではなく市井のいち有段者にすぎませんからね。

 そこはそれ、大人のたしなみってやつですわ。


 (了)

地獄は一定すみかぞかし/(身辺雑記)

2019年 06月05日 22:50 (水)

 深夜24時。

 先週インタビューしたAIと医療に関するグラビア用の原稿を脱稿。

 いつもなら、ここで着替えて稽古なのだが、今晩はどうにもメンタル的な疲労感が強く、脳がワクワクするようなので稽古はサボり。

 さっと入浴をすませ、黒じょかに赤霧島の水道水割りをなみなみと満たし、ぬか床から上げたばかりのナスの漬けものを器に盛り寝酒。

 会津塗りの杯を傾けながら、しばし越路大夫の『加賀見山旧錦絵』の、長局の段を鑑賞する。

 酒精と昭和最後の名人である越路大夫の声が、原稿書きで亢進しすぎた脳を穏やかに鎮めてくれるようだ・・・。



 それにしても、『加賀見山旧錦絵』の悪役である岩藤は悪相だ。

 そして、こういう顔の人というのは、結構世の中にいる。

 ちなみに易者として言わせてもらうと、人形浄瑠璃の「頭」というのは、人相学的にも理にかなってるのである。

 私は卜占では「卜」が専門で、「相」はあんまりみないのだけれども、その人の心根の悪さだとか、秘めた悪行、ルサンチマンややましい思いというのは、本人の気づかないうちに必ずその人の顔に出るものであり、私程度の画相も読めないなまくら易者でも、その程度のことは分かるものだ。

 また、これは余談だが、房事過多は必ず顔に出る。

 これは一発で分かるので、気をつけた方がいい(苦笑)。



 いずれにしても、悪相はさらなる悪因縁を呼び込むので、40を過ぎたら男も女も、自分の顔つき(顔だちではない)には十分に気をつけるべきであろう。

 ま、因果は巡る小車の、地獄は一定すみかぞかし、ということだ。

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 (どっとはらい)

やわら三昧/(古流柔術)

2019年 06月03日 11:00 (月)

 先日の定例稽古。

 当初は柳剛流を中心にする予定であったのだが、出席者の変動の関係で、柔術(やわら)の稽古が中心となった。

 まずは、ウォ―ミングアップ代わりに手裏剣から。

 私は初心に還って、3間間合での順体と逆体の打剣に集中する。

 それにしても、最近手裏剣の稽古はサボりがちだったので、的中が安定しない・・・。

 精進すべし!



 1時間ほど打剣に集中した後は、柳生心眼流の稽古。

 向い振りで体をほぐした後、捕と受を交代しながら「切」の組形を丁寧に繰り返す。

 無声の気合いをもって体内で気を燃焼させ、爆発する気を一気に相手にぶつける「切」の素振は、難易度が高く心身にかかる負荷も高い。

 また、この日は気温こそ27度ほどであったが湿度が高く、あまり風も吹いていないことから、若干熱中症気味なのだろうか、倦怠感も強かった。

 それでも組形の「返し」で後方転回を繰り返していると、心身を集中させるためか、意識がピリッとして心地よい。

 師の教えによれば、心眼流の「返し」は身体技法的な面に加え、転回することで「気」を巡らして心身を調整する「養生」的な面もあるのだという。

 たしかに「返し」の受をとっていると、なんとなく心身が爽快になるから不思議だ。

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▲柳生心眼流の素振の組形では、受は自ら後方に回転して逃れる



 「切」の組形の後は、「取放」の稽古。

 「取放」は、その後に学ぶ「取返」につながる重要な稽古だ。

 片衣から大搦まで、何度も何度も繰り返すのだが、これは捕より受の方がフィジカル的にキツイ。

 何しろ業をかけられるたびに、受はたいへんに負荷の高いプッシュアップ(腕立て伏せ)を繰り返すのである・・・(苦笑)。

 しかし受も捕も、次に学ぶ「取返」の形を確実にとれるようになるためには、この「取放」にしっかりと習熟しなければならぬ。



 1時間半ほどで柳生心眼流を終え、続いて柴真揚流の稽古。

 居捕の1本目「左巴」、2本目「右巴」を丁寧に繰り返す。

 古流の武芸では多くの場合、最初に学ぶ形=業が、初学の門であり極意でもあるという。

 柴真揚流の「左巴」「右巴」も、「これぞまさに、柴真揚流!」という趣たっぷりの形だ。

 ありていに言えば、「とにかく蹴殺し、当て殺す」、というものである。

 かつて、神道自然流空手術の創始者である小西康裕先生も柴真揚流を学び、その影響を受けたというが、さもありなんと思う。

 受身と捕手を交代しながら形を繰り返し打った後は、当身台へ実際に当身を打ち込ませる。

 当身に習熟していない者については、特に蹴足の際、十分に上足底を対象に当てることができず、多くの場合、足底をかすり上げるような当てになってしまう傾向がある。

 このため、当身台なりサンドバックなりを使い(もちろん人体でも構わない)、実際に拳足を当てる稽古をさせることが重要だ。

 また、「当てるよりも早く引く」というやわら特有の電撃的な当身の感覚を身につけるためにも、こうした実打の稽古は欠かすことができない。

 当身台にしっかりと上足底を蹴り込み、しかも当て放しではなく当てるよりも早く引く。

 その上で、

 「的は身の内一・二寸」

 という感覚を、体で会得しなければならない。



 そこうするうちに、定例稽古の時間は終了。

 柳剛流のおさらいもやりたかったのだが、やむをえまい。

 次週、たっぷり稽古するとしよう。

 (了)