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コロナ対策と手水の行き帰り/(身辺雑記)

2020年 06月05日 14:16 (金)

 昨日4日、埼玉県は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う休業要請を巡り、スポーツジムやカラオケ店など一部の業種で継続していた要請を同日付で解除した。

 業界や店舗ごとに徹底した感染防止対策を講じることを前提に、休業要請の対象から外すとのこと。

 スポーツジムの営業が解禁になるということで、またひとつ、翠月庵の定例稽古再開への環境が整ったといえるだろう。

 しかし、接待を伴う飲食業やライブハウスは引き続き休業要請を継続するとのことなので、やはり剣術の組太刀や柔術の相対稽古などは、今しばらく実施することを避けた方が良いようだ。

 先に示した翠月庵の稽古再開要項は、6月1日から稽古を再開した講道館の基準を参考にしたものだが、剣術や柔術の相対稽古についても講道館の動向や指針を参考に、稽古開始の時期を見極めていきたいと考えている。

 それまでは定例稽古では、居合や立居合などをじっくりと錬り、指導していこうと思う。

 

 一方で日々の稽古は、コロナ禍の前も後も、なにも変わらず。

 形のおさらいと当身台への打ち込み稽古を、粛々と続けるのみだ。

 仕事場から手洗いに向かう際には、途中にある当身台へ、「両非」の当身を必ず一度ずつ打ち込む。

 行きは右の手刀と蹴足、帰りは左の手刀と蹴足で打ち込むとちょうどよい。

 「両非」の蹴足は上足底で当てるのだが、間合と拍子によっては膝蹴りでもよいのだろうと個人的には思う。

 また当てた後は、相手は前のめりに屈むので、そのままうつ伏せに固める・あるいは締めるか、逆に当身の後にそのまま大外落としで刈り倒すのもありかな・・・。

 ・・・などと考えながらデスクに戻り、持続化給付金の申請書類作りに取り掛かる、蒸し暑い梅雨入り前の午後2時。

190302_両非

 (了)
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真・流れ武芸者のつぶやき/(身辺雑記)

2020年 06月04日 19:10 (木)

 ツイッターについては、これまではもっぱらロム専門で、ほとんど活用してこなかった。

 しかし、ここ3か月ほど、コロナ対策による自粛で、これまで以上にツイッターをみる(読む)機会が増え、なんとなく自分なりに情報を発信してもいいのかなあ・・・という気になってきた。

 とはいえ、翠月庵の公式ツイッターを立ち上げるとかいう大仰なものではなく、これまでのロム専用アカウントで、柳剛流などの情報発信や、武術やその他のよしなしごとについて自分なりに感じたことをつぶやいたり、リツイートしたりしていこうかと思う。

 ということで、そこでつぶやくのは、それをわざわざプロフィールに書くのも野暮なので明記してはいないけれども、

「あくまでも個人のツイートであり、所属する団体等の公式見解ではありません」

 というやつである。

 あくまでもこれは「試験的な試み」なので、場合によってはまたすぐに、ロム専門にするかもしれない。

 匿名のSNSは、荒れたり変な人に絡まれたり、いろいろめんどうくさいんだよねえ(苦笑)。

 そういえばミクシイでは、いろいろたいへんだったなあ・・・。



 まずは、向こう3か月くらい情報を発信しつつ、様子を見ようかと思う。

 面倒なことがあるようなら、またロム専門に戻るか、鍵をかけるか、最悪アカウント削除しちゃえばいいか。

 また、今回はあくまでも「試験的な取り組み」なので、本ブログや翠月庵のホームページと、ツイッターアカウントは、しばらくの間はリンク等での直接的な紐づけは、しないでおこうかと思う。

 そんなわけでご関心のある方は、あちら界隈でも、庵主を探してみてやってください。

 ま、すぐに見つかると思いますが・・・(笑)。

 南無八幡大菩薩。

足跡

 (了)

6月からの稽古再開について/(お知らせ)

2020年 05月29日 12:46 (金)

各位

 長らく新型コロナウイルス感染症対策での稽古自粛が続きましたが、ようやく埼玉も含めた首都圏全圏で緊急事態宣言が解除されました。

 しかし、まだまだ感染症制圧は先のことであり、油断することはまったくできません。

 こうした中、翠月庵は6月13日(土曜)より、定例稽古を再開する予定です。


6月の稽古
 6日(土曜)感染症予防のため休み
13日(土曜)14~16時
20日(土曜)14~16時
27日(土曜)14~16時


 ただし当面の間(6月末頃まで)は、本格的な稽古再開のための準備期間と考えてください。

 このため6月末までは、

「感染防止を第一とし、密閉・密集・密接を避け、通常の組んで行う剣術や柔術ではなく、互いの間隔を開けてできる鍛錬(素振り等)や、居合・立居合など単独形の稽古」

 とします。

 具体的には、差し当たって6月末頃まで、以下のような体制で稽古を行います。

・稽古時間は、通常よりも短縮して14時~16時までの2時間とする
・稽古は基本的に、単独形のみとする。具体的には、剣術関連については柳剛流や荒木流の居合、または警視流や神道無念流の立居合のみ。柔術については柳生心眼流の素振のみ、手裏剣術は通常通りとする
・稽古中のソーシャルディスタンスを確保する
・稽古前後の手指消毒・手洗いの徹底
・希望する人は、マスク・ゴーグル・ファイスシールド等を装着しての稽古も可
・有声の掛け声は当面禁止。すべて無声にて稽古を行う



 また稽古に参加する皆さんには、以下の遵守をお願いします。

1)平熱を超える体温の人は、稽古には参加できません。自分の平熱をあらかじめ確認した上で、稽古に参加する日には必ず体温を測ってください。必ずです! その上で、平熱を超える体温の人は、稽古を休んでください。

2)下記の項目に1つでも該当する人は、稽古に参加できません。稽古に参加する日ごとに、必ず事前にチェックをし、該当する項目がある人は稽古を休んでください。
□せき、たん、くしゃみ、のどの痛みなど、風邪のような症状がある
□強いだるさを感じる
□息苦しさを感じる
□嘔吐や下痢をしている
□一緒に住んでいる人や身近な知人に、感染が疑われる人がいる

3)稽古場への移動に公共交通機関を使用する人は、移動中はできるだけマスクを着用し、混雑を避けて、感染リスクを減らしてください。

4)手指消毒用のアルコール等は庵主が用意しますが、いまだアルコールは供給が不足していますので、自前の消毒液等がある人は持参してくさだい。ご協力をお願い致します。

5)武芸では「直感」が大切です。「なんだか今日は、稽古に参加したくないな・・・」と感じたら、躊躇せずに稽古を休んでください。それで庵主が機嫌を損ねたりはしません(笑)。稽古を休むことが、単なる「なまけ心」なのか、それとも危機や危険に対する「直感」なのかは、各自が武人として自らに問うことが重要です。なお急遽稽古を休む場合は、必ず庵主に電話かメールでお知らせください。どこかで斃れているのではないかと、心配しますので・・・。

6)稽古参加者同士で、常に自主的にソーシャルディスタンス(一間以上)をとるよう心がけてください。目視で瞬時に彼我の間合を測ることは、武人、特に手裏剣術者にとっては必須の能力です。これを機会に目視の力量を磨きましょう!

7)武具の清潔に心がけてください。ただし、刀の柄はアルコールでの消毒はしないでください。アルコールの含まれていない清潔なウェットティッシュなどで、こまめに拭くとよいでしょう。

8)平素から免疫を高める生活を心がけてください。過労、ストレス、睡眠不足、深酒、栄養不足、過食、房事過多に注意すること。「無事之名馬」です。

9)上記の感染症対策は、「自分が罹らないため」はもちろん、「周りの“誰か”にうつさないため」のものです。万が一、「自分は罹ってもかまわない」と考えている人がいたとしても、罹りたくない人にうつさないために、必ず遵守してください。


「人を守ってこそ、自分も守れる。己のことばかり考えるやつは、己をも滅ぼすやつだ!」(島田勘兵衛)



 なお、6月13日(土)の再開予定日前に再び状況が悪化した場合、直前で再開を延期することも考えられます。その際は、メールにてお知らせします。

 また、今回の稽古再開以降も、県内や首都圏で大規模なクラスターが発生したり、庵主が危険と判断した場合は再び稽古を自粛します。

 場合によっては向こう数年の間、このように自粛と再開を何度も繰り返すかもしれません。

 だとしても、私たちは粛々と、できる稽古を続けていくのみです。

 まずはつつがなく、2週間後に稽古が再開できることを祈りましょう。

DSC_9317.jpg


 武術伝習所 翠月庵
 春燕軒 謹識

(了)

幹と枝と/(武術・武道)

2020年 05月28日 10:55 (木)

 昨夜の稽古では久しぶりに、神道無念流の立居合を抜いた。

 当庵で伝承・稽古している神道無念流の立居合は八戸藩伝のもので、現在、ご当地である八戸市では無形文化財に指定されているとか。

 八戸藩伝は、逆袈裟の抜き付けと袈裟斬りの二の太刀いずれもダイナミックな運刀で、独特の「なやし」やそこから袈裟斬りに繋げる特有の手之内、撞木足や一足立ちなど古流ならではの体の使い方も特徴的だ。

 他系統の神道無念流立居合十二剣と比較すると、たいへんに独自色の強いものである。

1805_神道無念流立居合
▲翠月庵門人による、八戸藩伝神道無念流立居合十二剣の演武。神道無念流ならではの八相の構えが特徴的



 私の武道修行は、柳剛流がすべての土台であり、大きな幹である。

 加えて、柴真揚流と柳生心眼流を太い枝と考えている。

 ゆえに日々の稽古では、この三流の稽古が中心となる。

 基本的に稽古は1年365日、毎日行うように心がけているのだが、生業やらなにやらのよしなしごとで、稽古ができない日も月に10日くらいある。

 このため実働稽古日数は、平均すると月に20日、年間で240日くらいだ。

 それでも、柳剛流・柴真揚流・柳生心眼流の三つの流儀について、すべての「形」を形骸化させずに武術として通用する「業」とし、その「業」をさらに高度な「術」にまで止揚するというのは至難の業であり、まことに厳しい道のりである。

「いち流派ですら極めるのが困難であるにも関わらず、三流も稽古するとはなにごとか!」

 と、先達の皆さまのお叱りの声が聞こえてきそうであり、またその通り、ご説ごもっともなわけだが、失われゆく伝統武道をひとつでも多く、後世に受け継いでいきたいという想いも、多としていただければありがたい。



 しかし、実際のところ日常の稽古では、柳剛流、柴真揚流、柳生心眼流の三流を磨くだけで、私程度の凡人のキャパシティではいっぱいいっぱいだ。

 この三流に加えて、さらに師より伝授していただいた神道無念流の立居合や荒木流の居合、その他の諸術は、なかなか十分に稽古ができているとは言い難い。

 一応、1週間のうち1日は、柳剛流・柴真揚流・柳生心眼流以外の諸流の稽古日としているのだが、この程度ではとうてい十分な稽古量とは言えまい。

 それどころか、この週に1回の諸流の稽古日を、柳剛流や柴真揚流、柳生心眼流の稽古の補足に当ててしまうことも、少なくないのである・・・。

 とはいえ神道無念流の立居合も、荒木流の居合も、あるいは警視流の立居合にしても、師から伝授された大切な流儀ゆえ、私自身が可能な限りそれらの「業」を磨き、一人でも多くの門人に伝え、後世に残していきたいものだと思う。

 ま、明日の朝、20年来の親の仇と真剣で立ち合うというわけではないのだから、自分なりのペースで、じっくりと取り組んでいくしかあるまいね。

 ああ・・・、手裏剣も打っとかなきゃなあ(苦笑)。

(了)

改題/(身辺雑記)

2020年 05月27日 00:42 (水)

 2008年から12年間にわたって、このブログのタイトルを「新・流れ武芸者のつぶやき」としてきた。

 しかし、どうもここ数年、このタイトルが「居着いて」いるようで、なんとなくしっくりこないなあと感じていた。

 そんななか、ちょうどコロナの緊急事態宣言も解除されたことだし、ちょっといろいろあって気分を一新したいこともあり、今日から思い切って本ブログのタイトルを変えてみた次第。

 ま、私のブログのタイトルが変わろうが変わるまいが、世の中の大勢には影響はないので、ほんの気まぐれである。

 場合によっては、また元に戻すかもしれません(苦笑)。



 ちなみに、新タイトルの「一〇心」(いちまるこころ)とは、柳剛流の極意秘伝であり、究極の心法である。

 昨年夏、宮城県最後の柳剛流伝承者である佐藤正敏先生にお話しを伺った際、

「柳剛流は、一〇心だよ」

 とおっしゃっていたことが、今も私の心に深く、そして強く残っている・・・。

1909_柳剛流_一〇心

(了)

新しい武道の稽古様式/(武術・武道)

2020年 05月26日 08:52 (火)

 首都圏1都3県の、新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が、昨夜解除された。

 まだ、県境を越えた不要不急の移動や、スポーツジムなどの営業再開は自粛が求められているものの、ひとまずは、めでたい。

 が、しかし、だからといってCOVID-19という致死率の高いウイルスがこの世から消えたわけではないし、有効なワクチンの開発が成功し、量産化が軌道に乗ったわけでもない。

 さらに、最新の検査によると、日本国内におけるCOVID-19の市中感染の陽性率は、わずか0.6%。

 つまり日本人については、100人のうち99.4人がいまだ未感染ということであり、「集団免疫」の獲得などは、まだはるか先の話である。

 ゆえに、緊急事態宣言解除後も再び感染のクラスターが発生することは確実であり、また今年の秋以降には、中国発の第一波、欧州発の第二波に続く、第三波の流行が始まることは間違いないだろう。

 そしてまた、この未知のウイルス感染症は、感染後、どのような身体的影響を人体に与えるのかが、まだ詳らかになっていない。

 一説には、症状の寛解後も、血管や臓器に深刻な後遺症を残す症例も報告されている。

 こうした点を考えても、ワクチンができるまでは、できるだけ罹らない方が良いということだ。

 自分と周囲の人の、生命の安全を願うのであれば・・・。



 そんな中、COVID-19に対して有効なワクチンが開発・量産化され、広く接種が行われることで集団免疫が獲得されるまでは、感染症対策に基づいた「新しい生活様式」が求められる。

 当然ながら、武道という身体文化においても同様に、当面の間、新しい様式が求められるというわけだ。

 その上で、6月以降に予定している翠月庵の定例稽古再開を考えると、いろいろと心悩ましい。

 なにしろ武道の稽古というのは、そのほとんどが典型的な濃厚接触である。

 また最新の研究で、COVID-19は感染者の口腔内に非常に多く存在し、ウイルスを含んだ唾液の飛沫によって付着・感染するケースが多いことが分かってきた。

 となると、相手の胸倉をつかんで「ヤー!」などと大声で掛け声をかける、つまり唾液を相手の顔面にまき散らすことから始まる古流柔術の相対稽古などは、到底、推奨できない。

 同様に、剣を斬りむすびながら「トー!」などと大声で掛け声をかける、つまり唾液を相手の顔面にまき散らすことの多い剣術の組太刀も、やはり推奨できないわけだ。

(唾液の飛沫は軽い咳でも約1m飛散するので、剣術の間合いでも、掛け声をかければ容易に感染するであろう)

 一方で唾液の飛沫については、医療用のマスクはもちろん、一般向けの不織布マスク、あるいは布マスクでも、かなり防ぐことができる。

 ま、あの不衛生で、サイズが合わないために鼻や口がすぐに露出してしまう、悪名高い「アベノマスク」では無理だけどな・・・(笑)。

 つまり、ウイルスそのものは、医療用マスク以外のマスクの繊維を容易に透過してしまうのだが、唾液は医療用以外のマスクでも十分に防御できるので、とくにCOVID-19については、口腔内の唾液に包まれた形で飛散するケースが多いということもあり、マスクによる感染予防効果はけして低くないといえよう。

 となると、さすがに乱取りや地稽古は難しいだろうが、一般的な古武道の形稽古等については、柔術でも剣術でもマスクを着用した上であれば、ある程度実施可能ではないか・・・?

 などと、思案しているところである。

 フェイスシールドについては、剣術の組太刀では使用可能であり、しかも感染予防効果も高いが(マスクでは眼球への飛沫の付着を防げないが、ファイスシールドでは可能)、柔術では身体接触の特性上、いささか使いづらいであろうと思われる。

 また三密(という言葉は、そもそも密教用語であり、感染症対策の言葉としては、かなり違和感があるのだが・・・)対策という点では、幸か不幸か、当庵は野天稽古場なので、稽古者同士のソーシャルディスタンスを維持すれば、それを避けることは容易だ。

 加えて、稽古前と稽古後、また稽古途中での頻回な手指消毒あるいは手洗いも、確実に行わなければなるまい。

 同様に、使用する武具の消毒、衛生管理は言うまでもない。

 さらに稽古に参加するための大前提として、

・稽古参加者各人の、自主的な健康管理
・体調不良や発熱のある者は、絶対に稽古に参加しない
・稽古に参加する日は必ず体温を測り、発熱の有無を確認する
・公共交通機関を使った稽古場への移動では、必ずマスクを着用し、混雑を避ける

 などの行動をとるよう、門人への指導を徹底することが重要だろう。



 いずれにしても、このように新しい生活様式に即した、

「新しい武道の稽古様式」

 を、我々武道の指導に当たる者は、科学的・医学的なエビデンスに基づいて検討し、実施していくことが強く求められる。

 逆に言えば、それができないのであれば、安易な稽古の再開は厳に慎むべきであろう。

 こうした課題や問題点を念頭に、医療関係者の助言なども受けながら、6月以降の定例稽古再開の準備を進めていこうと思う。

戦機


「私は、砂漠が困難な戦場であるのは心得ている。物資の限界も、風向きの不安定な味方のことも知っている。それでも、もし50回作戦行動が阻止されたら、目標に向かって51回目の行動を起こすだろう」(エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル独陸軍元帥)

 (了)

一服/(身辺雑記)

2020年 05月23日 23:28 (土)

1906_茶碗

 稽古後、一服す。

 本日は、柳剛流剣術の打太刀について、思うところあり。

 また、備之伝とフセギ秘伝について、木太刀を手に鏡に映る己を相手とし、じっくりと向き合った。

 稽古後半は、柴真揚流柔術の表早業立合投捨、「馬手捕」と「弓手捕」の運足と崩し、そして拳での当身について、ボクシングのバックステップとの関係で個人的な考察を加えながら、当身台への打ち込み稽古を行った。



 さて、いよいよ翠月庵の再開も近いようだ。

 コロナ禍の影響で生業の稼ぎが激減し、暮らしはひっ迫の度合いを強める一方なのだが、それでも遠からず定例稽古が再開できるであろう希望が見えてきたことは、ひとりの武道人として、実にうれしいものだ。

 なにはともあれ、来週早々と言われる首都圏1都3県の、緊急事態宣言解除の報せを待つとしよう。


「牢人の難儀はその数々に候と雖も、少しは楽しみも御座候」(山上宗二)

(了)

鉄扇術の「鉄砲捕」/(古流柔術)

2020年 05月20日 18:19 (水)

 昨夜は久しぶりに、鉄扇術の形をおさらいした。

 個人的に鉄扇という武具には、なにか不思議な魅力を感じる。

 同じ短い棒状の武具・武技でも、十手や短棒、鼻捻といったものについては特別な感慨は無く、

「ああ、そうですか・・・」

 という感じなのだけれど、どういうわけか鉄扇となると、

「鉄扇っ!!!!」

 と、俄然、興味とモチベーションが高まるのである。

 我ながら、実に不思議だ。

 ま、嗜好というのは、そういうものなのだろう。

2005_鉄扇
▲鉄扇と木扇いろいろ。下から、甲陽水月流の稽古用木扇(手抜き紐付き)、真ん中の2本は日常差し用の八寸の鉄扇、上は黒檀の舞扇型木扇



 私の鉄扇術は、師より直接御指導いただいた国際水月塾武術協会制定の日本柔術(甲陽水月流)に含まれるものである。

 形は「蔓絡捕」、「魔王返」、「鉄砲捕」、「木葉返」、「鉢砕捕」の全5本で、古流柔術や剣術(小太刀)にある程度習熟した者であれば、いずれも比較的容易に習得できる技法群となっている。

 私はこの中でも、特に「鉄砲捕」という形=業がお気に入りだ。

 実にシンプルな業である。

 しかし、技を掛けられると一瞬で取り押さえられてしまい、おまけにたいへんに痛い。

 実に、骨に染み入る痛さである(苦笑)。

 鉄扇(木扇)の形状を活かし、一瞬で流れるようにかける、この「鉄砲捕」という形=業は、ある種の芸術性すら感じさせる。

 具体的にどのような形=業なのか気になるという人は、師の著作である『図説 武器術』(新紀元社)に掲載されているので、ぜひ参照されたし。

2005_鉄砲捕
▲『図説 武器術』(小佐野淳師著/新紀元社)より、鉄扇による「鉄砲捕」



 ただしこの業は、図解を見るだけでは、その魅力が十分に伝わらないのではないかと思う。

 直伝で実際に技を掛けられ、また自分が掛けることで、

「なるほど! こんなにシンプルで、しかも鉄扇という武具ならではの特性を生かして、これほど強烈に掛かるのか・・・」

 と実感できる。

 武道においては、百聞は一見に如かず、さらに一見は一触に如かずということだ。

(了)

KGBとのタタカイ/(昔話)

2020年 05月19日 11:31 (火)

 1980年代後半、学校を出て最初に就職したのは警備会社だった。

 セコムか綜警か迷ったのだが、なんだかセコムの方がチャラい感じがしたので(爆)、綜合警備保障(最近は、アルソックとも呼びますな)に入社した。

 警備業を選んだのは、武道の腕が活かせるのではないかと考えたのと、将来、在外公館の警備官になれたらいいなあ・・・などと漠然と思っていたからである。

 入社後、自衛隊のレンジャー上がりの教官に「野鳥の精神」(綜警のモットー)を叩き込まれ、辛くキビシイ研修期間を終えて配属されたのは、某大手電機機器メーカー工場の施設警備隊であった。

 いわゆる、常駐警備である。

 常駐警備などというとなにやらものものしいが、ようは「守衛さん」だ。

 法律的には、常駐警備と守衛はいろいろと異なるのだけれど、実体は似たようなもんである。

 昼間は来客の受付、夜は工場の見回り、そして24時間勤務の終わりに警備日報をまとめ、工場の総務担当に提出する。

 日報に記載されるのは、

「〇月×日 灰皿未処理△件、〇〇工場・窓施錠未処理×件」

 といった、のどかな内容ばかり。

 事件も事故も起きない、血気盛んな若者にとっては単調で退屈な仕事であった。



 そんなある日、東京の本社からの緊急通達ということで、

「ソ連KGB関係者が、国内の電機機器メーカーを対象に、産業スパイ活動を活発化させているとのことなので、警戒を厳にせよ」

 とかいう連絡があった。

(平成生まれの皆さんはご存じないかもしれませんが、昔むかしソビエト連邦(ソ連)という国がありましてな。米国やその属国である日本と対立していたのですよ。KGBというのは、そのソ連の情報機関、ようするにスパイというやつですわ)

 しかし、地方の工場を警備しているのんきな守衛さんたちに、KGBの産業スパイを相手に「警戒を厳にせよ」とか言われてもどうしようもない。

 なにしろKGBといえば、刀身を射出できる特殊武器のスペツナズ・ナイフとか、消音装置付きのトカレフとか、放射性物質入りの暗殺用注射器とか持ってるってんデスよ!

 ・・・ツゲ・ヒサヨシ大尉とか、ノビー・オチアイ先生の話によれば。

 一方で我々は、一発殴るだけですぐに曲がってしまうので、

「侵入盗などとの遭遇が予期される場合は、必ず旧来の木製警棒に持ち替えるように」

 と言われるほどチャチな、スチール製のノーベル社謹製特殊警棒しか持っていない、田舎の守衛さんなわけです。

「いったい、どうすればいいというのか・・・」

 と、まだクチバシの黄色かった私は、結構真剣に悩んだ。

2005_ドルフ・ラングレン
▲真夜中の工場内で、スペツナズ・ナイフやトカレフや放射性物質入りの注射器を持った、ドルフ・ラングレンのようなKGBのスパイが、鬼の形相で襲ってくる・・・(想像図)



 そこで警備隊のS隊長に話を聞くと、

「ま、何かあったら、110番するしかないだろう」

 と、身も蓋もない答えが・・・。

 とはいえ、スマホはおろかガラケーさえ存在しない時代である。

 真夜中の巨大工場内で一人で巡回中に、スペツナズ・ナイフやトカレフや放射性物質入りの注射器を持ったドルフ・ラングレンのようなKGBのスパイに遭遇して追っかけられたら?

 どう考えても電話のあるところまでたどり着き、受話器を取って110番にかけるまで、無事に生きながらえる自信はない。

 というか、そもそも110番に電話して、

「今、KGBのスパイに襲われて、殺されそうなんです! 助けてください!!」

 とか言っても、多分、本気にしてくれないだろうよ。

 ・・・とまあ、今考えると昭和~平成初期というのは、頭のおかしな、ある意味でバカげた、能天気な時代だったなあと、しみじみ思う(笑)。



 結局、我々T電機警備隊が、ドルフ・ラングレンのようなKGBの凄腕エージェントと遭遇するような事案は発生せず、その後も引き続き守衛さんとしての退屈で単調な時が流れ、私は3年後に会社を退職。

 勇躍、アラスカ・ユーコン河へのひとり旅に向かうのだが、それはまた別のお話だ。

 この警備員時代のKGB騒動は、今でも時々夢にみてうなされる、20世紀も終わり近くの、オソロシクもバカバカしい思い出である(苦笑)。

2005_警備員時代
▲警備隊着任1年目。我ながら、凛々しく初々しい。それが30数年後、ただのだらしない売文稼業の酔っ払いになってしまうとは、神のみぞ知る未来予想図・・・

(おしまい)

柳剛流居合の真面目/(柳剛流)

2020年 05月18日 10:36 (月)

 土曜そして日曜は、集中して柳剛流居合の稽古。

 5本ある柳剛流居合のうち、特に「向一文字」と「切上」を徹底的に抜いた。

 腰の痛みがなかなか回復しないので、ウォーミングアップの筋トレは省き、まずエアロバイクを30分ほどこいでから、長尺刀で居合を遣う。

 3か月に渡る自粛生活の中、拙宅での稽古は柳剛流居合を中心としてきたので、我が家の一畳稽古場でも、跳び違いながら二尺八寸八分の差料をビュンビュン抜けるようになった(笑)。

 ・・・・・・と調子に乗っていたら、日曜夜の稽古では跳び違いの際に切先で膝を刺してしまい、少々出血。

 稽古用の長尺刀は模造刀なので、幸い傷はごく浅かったのだが、跳び違う際に切先に膝蹴りをするようにして膝を当ててしまったため、打撲傷的な痛みが意外に大きい。

 これが真剣だったら、かなり深く突き刺してしまっていたであろう。

 まさに、油断大敵。

 今更ながら、己の未熟さを痛感した次第。

1810_柳剛流居合_演武1
▲柳剛流居合における、座位での跳び違いながらの受け流し。昨日はこの時、刀を手元に引きすぎて、跳び違いながら体をさばく際に、切先に膝を当ててしまった。我、未熟なり・・・



 以前にも書いたかもしれないが、柳剛流の居合は全5本だが、これらをさらに理合の根源から収れんさせると、1本目の「向一文字」と5本目の「切上」、この2つが真面目(しんめんもく)となる。

 「向一文字」は柳剛流居合のすべての原型であり、鍛錬形として「跳斬之術」に必要な強じんな下半身の力を養成する。

 また、跳び違いながら斬るための、運刀と体捌きの拍子の一致も、この形を繰り返すことで養われる。

 つまりこの「向一文字」の形は、「断脚之術」とならぶ柳剛流の核心的技法である「跳斬之術」を錬るために、絶対に欠かすことのできない最も重要な鍛錬形なのだ。

 一方で「切上」は、即応性に富んだ、きわめてシンプルな実践技であるといえよう。

 この2つの形以外の3本、「右行」、「左行」、「後詰」は、いずれも1本目「向一文字」の応用変化に過ぎない。

 流祖・岡田惣右衛門が、総合武術としての柳剛流という体系を纏める際に、なぜ居合をわずか5本、突き詰めれば実質的にはわずか2本でよしとしたのか?

 この「流祖の思想」に、我々、令和の修行人は遡行しなければならない。

 膝に絆創膏を張って、さらに居合の稽古を続けながら、そんなことに想いを致した日曜の夜。

 (了)